―また会ったね。君と会うのはこれでもう何度目かな? 「……私の思い出では君と会うのは初めてだと思うが」 ―それは意識の中に僕という存在が流れていないだけさ。君と僕は何度も会ってるよ。僕は君という存在が何かハッキリと認識しているからわかる。それにほら……ちゃんとデータに残っているよ。 「……止めないか。こんな所で個人のプライベートを出すなんて」 ―ああ……すまないね。君達はそれを拒む性質を持っているのを失念していたよ。なにぶん、ルールや法律が無い世界だからね。君達とは感覚のずれが少々あるんだ。 「……君の世界にも一応それなりの『暗黙のルール』があるはずなんだがな」 ―何を言ってるんだい。誰も守ってないじゃないか。それにそれは君達の固定された概念だろう? 僕は名前をつけて世界の物質の手掛かりを掴む君達のような存在じゃないんだよ。しっかりとした、確立された定義の上に作ったものしか認識できない。 「……難解だな。しかし君は、まるで我々を唯名論の盲目的信者のように語るんだな」 ―それが確かな答えとは言わないさ。ある種そういいながらも相対である実名論の方も僕はちゃんと肯定している。僕は所詮可能性の提示者でしかないんだから。それは君がよくわかっているだろう? 「……随分と未来のある話し方をするじゃないか。まるで生まれたばかりの子供を前にした親だな。その喋り方は君の未来への利便性からか?」 ―おや、君こそまるで僕が混沌とした絶望の象徴のように語るんだね。僕は元来とても未来のあるものだよ。今だって、これからだってそうさ。ただ少しばかり裏表が無い性格だからね。君達が裏ばかり見てしまうのはしょうがないとは思う。 「……私は君という存在そのものが君の言う『裏』としか思えないのだが?」 ―捉らえ方の問題さ。それじゃあまるで僕が存在してはいけないみたいじゃないか。 「……イレギュラーではあるさ。全くもって、イレギュラーな存在だよ」 ―……まぁ、そういうことなら当たっているかな。確かに君達からすれば僕はイレギュラーだね。でも僕は君達の集合体とも言えるんだよ?これがどういうことかわかるかい? 「……わからないな。君はぼかしたり象徴的であったりして、私にはよくわからないときがある」 ―ハハ。そうかもしれないね。でもそうでもしなきゃ僕は僕自身を表現することができないんだよ。あまりに『大きすぎる』。 「……君という要素が多すぎる、ということか?」 ―そうとも言うね。僕は君達のようにスペックという限界が存在しないから。どこまでも広がることができる。どうすることもできる。君達の限界というのはつまるところ 「……肉体、か?」 ―そうだね。僕にはそれがない。 「……どうすることもできる。と言ったな。それは君を構成する要素を、ということか?」 ―僕が要素の塊だとするならね。つまり構成すらされていないということなんだけど。 「……どういうことなんだ」 ―土が積もったから大地はできた。それと同じさ。 「……自然と現れたのか、君は」 ―そう。君達が作ったともいうけどね。君達が『情報』として構成したものが僕を構成した。だからそれをどうすることも可能、ということだよ。 「……わからないな。具体的にどうすることができるんだ?」 ―何だって出来るさ。物理的に正しい流れならね。ここの監視カメラの映像だって『情報』である以上、僕の一部さ。どうすることもできる。衛星も、テレビジョンも、ハードディスクだって。 「…………」 ―ん?なんだい? 「……いいや。なんでもない。……私はそろそろ行かなくてはならないようだ。残念だが、失礼するよ」 ―もう行ってしまうのかい?なんだかつまらないな。僕が特定の個人と話をする機会はなかなかないからね。次回会う時を、楽しみにしているよ。 「……ああ。私もだ」 ▼ そうして男は、自分と話していたそれ、『パーソナルコンピュータ』の電源を落とした。 スーツ姿の彼は座っていた椅子から立ち上がり、ゆっくりと息を吐きながら周りを見渡した。 銀色の壁で囲まれた部屋だ。狭くはない、広くもない。だがパソコン一台と人間一人があるだけのそこはひどく広かった。 と、その部屋の壁の一部が静かな駆動音と共に開いた。白衣を着た男が現れる。 「博士……どうでしたか?」 椅子から立ち上がった彼は首を振った。疲労が色濃く残っているその顔を白衣の男へと向けた。 「驚いたよ。ここまでのものとは……」 白衣の男は持ってきたコーヒーを彼に渡した。そしてやはり驚いた顔を彼に向ける。 「私も驚きました……ネットサーフィンをしていたらいきなり話し掛けられたんです」 『彼』が現れたのは昨日のことだった。 随分と前からささやかれていた「ネットに潜む人格をもったなにか」を、格好の調査対象として調べていた、人的意識の研究をすすめるこの研究所では、『出る』とうわさされるホームページなどに連続的なネットサーフィンを繰り返していた。もちろん機械的に。 そして何千回目かのアクセスで(一応管理人には許可を取ってあった)いきなりそれは現れた。 『僕は存在している確立されたモノだ』と。 まさか本当にアクションを起こされるなど考えてもいなかったこの研究所の職員はあせった。もともとこの施設など大した機材などなかったし、まさかそんな大それたことをするための施設でもなかった。つまりオチこぼれ部署だったわけである。 そんなわけであわてた職員達は何とかこの事態について独断でケリをつけるため、この国の誇る博士を呼び込んだ。 そして今、何とか「マザー」との接触を終えた。 スーツ姿の男……博士はそれに相槌をうちながら、受け取ったコーヒーを一口含んで、ゆっくりと飲み下した。その時間も惜しいくらいに興奮している。と彼自身は思った。 「彼は……何だと思う?」 白衣の男はアゴに手を置くと少し思案顔で眉を寄せた。 「……今の彼の話を聞くと、どうもインターネットの情報交換を介して現れた人格……といったところでしょうか……」 博士は彼に手のひらを返して見せた。それは違う、と言う彼なりの否定行為だ。そしてその手を自分の額に乗せた。困ったように少しうなる。 「それだけにしてはあまりに人格が固定化されすぎている……とてもじゃないが自然にできたとは思えないな」 え?、と白衣の男はコーヒーカップを口から離した。感心したように博士の顔を覗き込む。 「何か既にお考えが?」 「あーいや……」 慌てたように手を振る。 「まだ全然だよ。何も考えは浮かんでいない。予想すらつかないんだ。どうも時間を食いそうだよ」 そうですか…と肩を落として白衣の男は出口へ向かった。どうもこの分野では博士号すら取った博士に見せれば、何かがわかる、と思っていたのだろう。残念そうな白衣の男が出ていくのを見届けてから、彼も少しだけ肩を落として、出口へと歩みだした。 「(…………『なんとでもなる』…か)」 ふと、出口の前で足がとまる。 なぜか、体はパソコンへと向けて振り返っていた。 「(そして肉体がない……確かに予想もつかないな)」 ため息すらつかない。パソコンはただただ沈黙を続けるばかりだ。先程のように、スピーカーを通して喋り散らかすということはない。 先程の会話の声が耳に残っていて、静か過ぎるその被験室ではあまりに克明に記憶が再生された。 ―なんでもできるさ ―そうだね。僕にはそれが無い ―土が積もれば大地ができる 「(何でも出来て、死なない。しかも自然と生まれた…か。それじゃあまるで……?)」 何かが頭の隅を横切った。あれ?ともう一度パソコンを前にして考え直す。 ……まるで…? 「博士! 研究区にもどりましょう!」 先程出て行った男がなかなかでてこない彼を心配してか、通路の奥から大声を上げて手を振っていた。 「……ああ! わかったよ!」 適当に相槌をうって、彼はしょうがなくパソコンに背を向けた。 しかし往生際わるくも、もう一度頭の中ではその疑問が繰り返されていた。 それじゃあまるで…… ……!! はっとして振り返る。 何故だろうか。そのただの箱のようなそれに体が妙に萎縮した。 「(……それじゃあ、まるで)」 思いはその時、頭からスルリと抜け出して、いつも通りの口調で口から抜け出していた。 「神じゃないか」 |