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『第二、第三部隊はキャンプを離れて行動を開始しろ。第三部隊は中継地で待機。第二部隊は主道防衛を開始。繰り返す……』
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無線からの声に生唾を飲み込む。カウントはなかった。心の準備など冗談ほどもない。上空にあるひどく強い風がヘリの中まで入ってきて、それが僅かに強くなったとき戦いの合図は始まったのかもしれない。
眼下に広がる大きな道路を見た。作戦で聞いたとおり確かに大きい。そしてそこにはまるでごちゃごちゃとしたエスニックな毛糸を使って作り上げた絨毯のように、民兵達が集まっていた。
「(なんなんだこれは……!!)」
その情景はさながら地獄だ。いや、そこに自分達はそこへ向かわなければいけないのだ。
地獄そのものでしかない
『キロ24より本部へ。作戦より数が多い。これは異常ではないのか』
『作戦指揮ヘリC2よりキロ24。どちらにせよそこを制圧しなければ第三部隊が危険に冒される。制圧を開始しろ』
『しかしこれでは……』
『キロ24もっともらし言い訳を……』
無線からはやはりこの情景がまともなものではないことを告げる会話がひっきりなしに流れてきていた。当たり前だ。こんな情景、誰が想像するものか。少なく見積もっても五百人は軽く超えている。
『今から二分以内に降下を開始しろ。これ以上は意見なしとする』
……ついにC2からの通信が一方方向になった。これ以上は無理なようだ。
『……了解C2。作戦を開始する。キロ全部隊降下を開始しろ。繰り返す。降下開始だ。ただし降下後は絶対に停滞するな。移動しながら狙撃を行え』
軍曹はついには折れた。目の前で高高度を保っていた軍曹のブラックホークは右へと傾き、そのまま下へと流れていく。それに続いて他の機体も通信と共にヘリを降下させていった。
……音が聞こえた。永遠に続くアイドリングのような、どろりとした、不快な音だ。
『キロ23、スーパー64現地へ4名降下させる』
ジェームズは頭を振ってその音を無理やり振り払おうとした。出来なかった。
……それでも行くしかない。彼は無線を手にし、地獄へと進むことを仲間達に告げるとゆっくりとヘリを斜めに傾けていった。目の前の映像が変わる。ずっと平行線だった砂漠の地平線が斜めに傾いた。
近づいてくる。民兵達の怒号、雄たけび。
ジェームズは一気に操縦桿を傾けた。さらに降下のスピードは上がっていく。だんだんとオブジェのようだった建物の屋根や人間の形が輪郭を帯びてくる。
「アラテカム! ミンホールダー!」
彼らは握ったAKを空へと向けた。戦う蛮族である彼らに恐れはない。
いや、もしかしたら昼に呑んだシャバのせいかもしれない。
彼らはハイになっていた。この国を侵す敵たちを国から追い出さなくてはいけない。戦って、自由を勝ち取るのだ。
「ミマモカルーセ! レンタゲンティブ!(勝ち取るのだ! 戦え!)」
「ケリッシュアッカード!(勝利を!)」
ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!
激しく銃を振り回して怒声を周囲に振りまく。AKを空に向かって撃ちまくり、士気はどんどん上がっていった。
兵士達とは違う彼らはまさに死すら恐れぬ戦う戦士達。自由は戦いの先にある。幸福は銃口の先に浮いている。すべては戦い次第。勝つか、負けるか。
それは神が戦士を選ぶのと同意義だ。
恐れることはない。死の先には戦士のみに許された楽園が存在するのだ。そこにあるものは……すべてだ。生き抜くことと、楽園に存在すること、それは平行線を保っている。
『死』ハ、『生』ダ。
「ケリッシュアッカァァド!(勝利を!)」
「ケリッシュアッカァァァド!!」
「ケリッシュアッカァァァァァド!!!」
「ケェェリッシュアッカァァァァドォォォォォ!!!!」
サア、テキガソラカラアラワレタ。
サア、タタカオウ。
「いいぞ! 降下開始だ!! 」
道路の南側……つまり第三部隊が突っ込んでくる所へと、ロープが蹴落とされてシュルシュルと地面へ落ちていく。それと同時に兵士達が一気に降下していく。
「いけえッ 止まるな! 降りろッ! いけぇぇぇッ!!」
ジェームズは回りに目を必死に配りながら仲間へ叫んだ。叫んでも早くなるわけではないのだが、それでも背中を這い上がるこのひどく冷たいものから逃げ出したくて口から勝手に言葉が出ていた。
「ジョンッ! お前が最後だな! 急げッ RPGに撃たれるぞ!」
「(わかってんだよクソが……! 空飛んでるテメエらとは違うんだよ!)」
しかし地上に降りる兵士達とは彼の恐怖はまったくべつものだった。
ジョンはパイロットのジェームズに一瞥くれると、すぐさまロープを握って降下を始めた。シュルシュルと両手と両足で体を支えて降下する。
先に下りていた七人程度の兵士達に続いて、屋根の凹凸に走って身を伏せる。そして頭を出して先程の敵の海の方向に顔を向けた。
……なんだよこれは…
まるで人の波だ。人が人を押しのけてこちらへ向かってくる。屋根伝いに飛び越えて、できなければ飛び降りて道路を走ってくる。獲物を見つけた歓喜の表情。狂気の顔もその中に隠してまるで喜んでいるかのようだ。
そしてそれらすべての者に共通するのは。
甲高い音が、轟音を立ててジョンの耳元を走りすぎていった。
「うわぁぁぁぁぁ!!」
それらすべての者がこちらへと銃を乱射していた。甲高い音が耳元をすぎると、近くの地面が炸裂する。それに反応して体がビクリとのたうつ。とてもじゃないが立ってなどいられない。体を丸めて屋根の出っ張りに身を隠すしかなかった。
「ジョン! 撃てッ! 撃ち返すんだ!」
隣で銃を構えて撃つエイバーが叫んだ。今度は耳元から心臓の奥へと仲間の発砲音が響く。頭を少し上げると、仲間達が建物の下へと銃を向けて撃ちまくっていた。だが、バースト射撃で応戦しているが、完全に飛んでくる銃弾と返す銃弾の比がありすぎる。あきらかにこちらが押されていた。
「グッ!!」
その反撃するエイバーも、飛んできた弾に思わず頭を下げる。
……反撃もクソもない。
またジョンの足元に弾が着弾した。
「無理だ! ッあ! ……くそッ、敵が多すぎる! だめだ! 反撃なんてできやしない!!」
「だったらどうするんだ! これ以上さがったら戦線が崩れちまうぞ!」
「知るかよ! お前軍曹だろ! お前が――」
バヒュンッ
突然訓練で聞いた音がジョンの周りに響いた。
「まさか」と頭を何かが駆け巡った。ビクリとして頭を下げる。
「RPGィィーーーー!!」
どこかで、誰かが叫んだ。
走って、建物へと撃てるだけ撃ちまくる、建物下の道路の数百の兵士の中、民兵が四人、いっぺんにRPGを発射した。目の前で仲間に叫んだ兵士に向かってRPG弾が直進する。
バジャアッ!!
「ウィリィアンド! ベッカ! ベッカ!」
すぐにサングラスをつけた男が、右へ左へと指示をだす。
それにうなずくと、RPGを持った男達が走って建物を囲み始めた。さらに彼らにAKを持った民兵達が続いて走り回る。
「クソッ!!」
バズズンッと腹に来る音が彼の近くに着弾した。仲間がやられている。見上げると、迷彩服姿の男がこちらに向かって構えていた。
すぐに引っ込んだ彼のところへ民兵達の銃が殺到する。
兆弾音とAKの炸裂音が響き渡った。
「シャシャラディィ! ガリオサ!」
数百の民兵達がその建物を取り囲んだ。
「……ックハハハ…」
男は笑う。
実に愉快だった。
「…………エイバー…?」
震える声で話しかける。だが、彼は返事をしない。
彼の上半身は、なくなっていた。
ただ、半身だけの足が二本、ジョンの前には転がっているだけだ。そこから、僅かながらに血がでいている。
「エ…エイバー……?」
まさか、撃たれたのか?
ウソだろ? 今、話してたのに!!
「ジョ……ジョン………ガアッ! ッグ」
ホフク前進していたマーチンがこちらに気がついて、手を伸ばした。
絶叫して両胸を抱え込んでいる。
「グアァ……くそッエイバーはどこだ!?」
……何いってんだマーチン……エイバーはここにいるだろう?
「クソッ……肺を撃たれたぁぁ……ゲッハがッ」
マーチンは体を丸めて激しく咳き込むと、大量の真っ赤な血を吐き出した。血を地面に吐き出すと、ただの薄い茶色の地面が、鮮やかに彩られた。その色が、目に焼きつく。 体がその色に反応して、冷え切っていた。
マーチンの顔に、さらに咳き込んだ血がたれ流れる。彼はその血から逃れるように仰向けに倒れた。そしてまたも絶叫する。
「グわぁぁぁぁぁぁぁ…………ゴッパ」
最後はただの血を吐き出す音でしかない。
必死に手をジョンへと伸ばす。目はもう虚ろでしかなかった。
「…ジョ、ジョン……エイバーを……メディックを……」
「う……あ……」
恐怖で声がでない。体が震えて銃がカチャカチャと震えた。
よく見るとマーチンの胸部には穴が開いており、そこからまるでリズムを刻むように血が吹き出している。
ジョンはほとんど無意識のうちにその穴へと手を伸ばした。しばらく穴のふちをぼんやりと触ったあと、思い出したように、止血のために両手で押し込んだ。
「マーチン……死ぬな……死んだらだめだ…………マーチン!」
マーチンの目はもう何も見ていなかった。
「……メディッ…………」
血が、止まった。
「……う…ぐ……」
目の前には二つの死体が転がっていた。
銃をギュッと握り締める。
俺はこんな風に死ぬわけには、いかない。
死にたくない。
震える体。
握り締める力を体にこめて、止めた。
「クソ……クソ……クソどもが………くそどもがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
震えなくなった銃口を下にいる民兵へと向けた。
銃声がこだまする。
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『こちらC2、こちらC2……エイバー軍曹、 応答しろ。 エイバー軍曹。そこを放棄してさがるんだ。もっと後ろから反撃することを許可する。軍曹。応答しないか……軍曹…………』
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