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AM11:45
『…第三部隊作戦開始。作戦を開始しろ。なお、無線は切っていけ。傍受される危険がある。第二部隊の防衛している主道に来たら通信を再開しろ。繰り返す…』
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「聞いたか!? 行くぞ!」
ウィルソンはガチャリと勢いよくサイドブレーキを外して、ハンビーを発車させた。ブルルという音と共に車が動き出す。
周りにいた他のハンビー達も作戦時に決めていた通りに列を作って走り出す。その数、六台。前後にLAV−25歩兵戦闘車…変わった形の装甲車で、上から見ると四角形の中にもう一つ小さな四角形があるように見える。正確には二つの平行線の端に台形が付いているような形の八角形で、その中に四角形がある。そしてその小さな四角形の先頭には長い棒が突き出ている。これが主砲の25ミリ機関砲。横から見ると二つの平行線に三角形をつけたような形で馬鹿でかい。そして砂漠迷彩が施されていた。…がついてきているので、部隊全体で八台だ
「命令したら命令通りに銃をぶっ放せ。それから必ず仲間と一緒になって戦え。それ以外は自由だ。死なないように動けばそれでいい」
エバンスは上からフィリップに声をかけた。
銃を堅くにぎりしめて、黙り込んでいたフィリップは、フッと力が抜けたようにエバンスを振り返った。
「サ…サーイエッサー」
「……紙とペンの準備はいいか?」
「エバンス……お前またそんなこと新兵に吹き込みやがって……」
ウィルソンが呆れたようにチラリとフィリップを覗き見た。どうにも苦々しそうな顔だ。
その彼の顔に向かってニヤリとした笑みを浮かべてエバンスが親指を立てた。
「別になにかあるわけじゃない。軽いジョークと一緒に家族への帰宅予約を入れるだけさ」
「……帰宅予約? どういうことですか?」
「そいつは新兵どもの初任務に遺書を書かせるのが趣味なのさ」
「……遺書」
フィリップがエバンスを見ると彼は小さく笑みを浮かべながらフィリップの肩を叩いた。満面の笑みで、まるで挑発しているかのようだ。
「俺が書かせるのは遺書じゃない。いつ、どうやって帰るかを書いて家族に送るようにとっておくだけだって」
「…………」
「フィリップ! 俺の経験では遺書を書いて生き残ってきた奴はいねえ。気をつけな」
チャーチルが苦笑して顔をフィリップへと向けた。」
「……俺には必要ないです」
フィリップの言葉に、エバンスは少しだけ口元を引き上げた。
「そんな縁起の悪いもん書かせるんじゃねえ」
ウィルソンがその顔にケッと吐いた。
車の外の景色は速さに比例して流れていく。コード『ミクスド』発令の時点で既に街に大分近づいていたが、それがさらに近づいてくる。流れる砂漠の凹凸を視界に捉らえていると、それがやけに感じられた。
と、上から声が落ちて肩を叩かれる。
「……おいっ!?黒煙が上がってやがる…」
エバンスが指差す先を見ると、確かに街から煙が上がっていた。それも一つや二つじゃない。真っ黒な煙がまるで空へと舞い上がるように大きな塊となって上がっている。
……なんだ、あれ
フィリップは怒鳴ってかえす。
「煙が上がっていると何かあるんですか?」
「『敵が来た』って合図なのさ」
チャーチルは隣の席で何とも言えない顔で返した。
「奴ら無線なんか高級過ぎてつかえない。だから今だに『のろし』の情報交換ってわけだ」
「……それはまずいんじゃないんですか?」
フィリップは不安になり、呟いた。何ともまずそうな顔でチャーチルを見る。
チャーチルは緊張気味の顔を少しだけ引きつらせるように笑わせた。窓の外を見ながらつぶやく。
「大丈夫だ。どうせ連中なんか俺達を見たら逃げるに決まってる。カフジ掃討作戦も開始してるしな」
長い砂漠の景色も終わり、ハンビーは街へと入った。
「アリノウサフィカルディアソウス!」「アヌゥバッセ!」「カマデカマデェ!」
彼ら独自の言語を理解する能力はフィリップにはない。だがどうもにもこうにも普通の状況ではないのは彼にも容易に理解できた。子供を抱いて逃げる母親、全力ではしる男、兄弟なのか手を繋いでハンビーから離れていく子供達。
街は随分と騒がしくなっていた。どこもかしこも逃げ回る一般人でいっぱいだ。
「本当だ……煙は焚いてるのに逃げてやがる」
煙は進めば進むほど数が多くっている。だが、逃げ回る人間達も増える一方だった。
ウィルソンが後部座席へ振り向いた。
「だいたいここは第二部隊が制圧してるはずだろ」
ハンドルを切る。
「俺達は第一部隊が連れて来た戦犯をのせて帰ればいいだけだ」
なぜか車内に沈黙が流れた。
何故だろうか。ウィルソンの言葉がすんなりと納得できない。誰もが『そうだ』と納得したいのだが、心のどこかで『そうではない』と何かがつぶやく。
銃を握ったのだ
バズンッ
パキュンッ
通りに突然爆音が響いた。
「なんだっ!?」
突然の爆音にウィルソンが頭を下げながらエバンスへと叫んだ。
銃座に座るエバンスは叫び返す。
「――ッ! 撃たれてるぞ! 上だ!」
直後にまたも轟音が響く。
ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ――ッ
「ぐうお!」
キュインッととてつもなく甲高い音がフィリップの頭上で繰り返される。その場所にいるのは
「クソッタレがッ 周りじゅう敵だらけだぞ!」
エバンスの言葉にフィリップが頭を窓から突き出して見ると、通りの建物の屋上から民兵が数人現れて、ハンビーへ向けてAKを撃ちまくっている。
フィリップはエバンスに叫んだ。
「九時の方向です!」「三時の方向だ!」
しかし同時にチャーチルも叫んだ。え?、とさらに同時に目を合わせる。
「馬鹿野郎! 両方だッ両脇の建物からやられてる!!」
エバンスが上から叫ぶ。フィリップが左右を見渡すと、確かに両方に敵が出て来ている。しかもさらにワラワラと数が増えていく。
「嘘だろ……なんて数だ……」
民兵達は数え切れないほどの人数に達していた。どこを見ても民兵の黒い肌と頭しか見えなくなる。
そこまで確認してから、いきなりチャーチルに頭を押さえ付けられた。
「馬鹿! 頭下げろ!」
パキュンッキュンッと窓に弾が当たって爆ぜた。
驚く間もなく連続して弾がハンビーへと炸裂する。
「うわっ!」
驚くフィリップにさらにチャーチルが力をかけた。
「下げれるだけ下げるんだよ!」
エバンスが銃座から下へと体を下げて頭を低くする。
「交戦許可要請だ!
これじゃあやられるぞ!」
ウィルソンが「わかってるっ」と叫び返した。ハンドルを無茶苦茶に切りながら無線を引き抜く。
『ロル23から本部! 攻撃を受けている! 交戦許可を要請!』
『……り返す…第二部隊制圧失敗…第三部隊はすみやかに…標の建物へ向…え!
交戦は許可する…り返す』
「……!!」
チャーチルが体を体育座りするかのようにハンビーのドアに隠れながら怒鳴る。
「本部は理解済みか…!無線を切ったのが仇になったな!」
「なんにせよ交戦許可は出たんだな!
やるぞ!」
エバンスは頭を上げると銃座の機銃をわしづかみにした。
「こんなので死ねるかよ!」
機銃を左へおもいっきり回してこちらを狙う民兵へと引き金を引いた。
バガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ
「アァァァァァァァッ!!」「ムウアッ!!」「オゴウッ!!」「ゲアアハッ」
機銃が放つ轟音と共に閃光が走る。その先にあがった民兵達は断末魔の叫びと共に、引き金を引いたままのAKで周りに弾をばらまく。さらにその弾で周りにいた民兵達が死んだのがフィリップの目に映った。
「くそがあああああッ!」「敵だッ反撃しろ!」「さっさと撃てバカ野朗!!」「周りを見ろ!」
仲間達も機銃を撃って反撃する。直接心臓に響いてくるのではないかと思うほどの轟音。連続して響く銃撃の音。そして民兵達の反撃する炸裂音。兆弾となる弾の甲高い音。
もう周りには銃撃の音しか響いてない。
混戦となっていた。
しかし敵はあまりに多すぎる。
あたりそこらじゅうからとんでもない炸裂音と共に飛んでくる弾がキュインッキュインッと跳弾となって連続してエバンスの周りの空気をさいた。
「フィリップ! 援護だッ……援護をしろぉ!!」
エバンスは目の前に弾けた銃弾に思わず頭を車内へ下げながら叫ぶ。
「いくぞ! 撃つんだ!」
チャーチルが起き上がってフィリップの肩を引き上げながら片膝を着く。すぐさま銃をエバンスを狙う民兵に向ける。
そして撃つ。
三連バーストの音が連続して跳弾音の嵐の中に鋭く響いた。
「フィリップッ 急げッ!!」
「ぐッ……」
突然の事態に体がこわばる。そこをチャーチルに襟首ごと引き上げられた。
「俺達を殺す気かバカ野朗! さっさと立てッ ひざを突いて撃つんだ!」
無理やり立たされたひざの上で、グッと口から飛び出そうになる叫び声をのどの奥に押し込んだ。銃口を必死に窓から突き出す。
パキュンッ!
ピタリと体が止まる。兆弾の閃光と音がフィリップの目の前を一瞬で通り過ぎていった。
「……なにやってる!! びびるんじゃない! 撃つんだッ撃たなきゃ死ぬぞ!」
フィリップの後ろで撃っていたチャーチルが振り返って叫んだ。
――……!! クソッタレが! なんでこんなことになるんだよぉ!
フィリップは何とか指を必死に動かしてスイッチを操作した。バーストに切り替える。
そして再度銃口を思い切って窓の外に出した。
「くそったれがあああああああああッ!!」
ババズンッ!ババズンッ!ババズンッ!ババズンッ!ババ…………
引き金を引くごとに肩に衝撃がくる。何度も何度も、それを繰り返した。
「ハガウッ」「うげがッ」
そしてそれと同時に民兵は何人か落ちていく。
「まずいぞ!」
エバンスが銃座から叫んだ。前へと向かって指を刺す。
「置いていかれる!」
ウィルソンが前を見ると、前を進んでいたハンビーたちがスピードを上げてこの場所から撤退しようとしている。
「こちらもスピードを上げる! いくぞ!」
ウィルソンがそれを確認しながら後ろへと叫んだ。一気にアクセルを吹かす。グンッというかるい負荷がかかるとハンビーはほとんど最高時速のスピードで走り出した。
「まずいぞ……RPGッ!!」
エバンスがさらに叫んで頭をハンビーの中に突っ込んだ。エバンスの撃っていた方向をみると、数人の民兵達がRPG……ランチャーミサイルを肩に担いでこちらを狙っている。
バシュッ
棒の先になにか楕円形のものをつけただけのようなものが白い煙を吐き出して、頭の楕円形だけを射出して迫ってきた。
「伏せろおおおおッ!!」
チャーチルがまたもフィリップの頭を座席にうちつけた。そのまま自分も伏せる。
そして、それは炸裂した。
ジュガアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ
フィリップは生まれて初めて派手な演出の映画を、目の前で、現実に見た。
爆発はまさに冗談のように、悪魔のような黒い煙と火柱を上げていた。
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『こちら現地作戦指揮ヘリ部隊C2。こちらC2。第二部隊制圧エリアで緊急事態が発生。緊急事態発生。こちらが見た限りでも数百人の民兵達に囲まれて猛攻撃にあっている。ハンビー六台では対処しきれない。戦車は市街戦で応戦不可能。応援を要請。繰り返す。第三部隊で死傷者が多数出ている模様。ハンビー六台では対抗不可能。敵はRPGも所持している。応援を要請する。繰り返す…………』
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