■4
ケイブから少しだけ離れた林の中、俺たちは二部隊に分かれた。
ウィンターズの統一する十八名の部隊。
俺の統一する十二名の部隊。
二つの部隊はそれぞれ一列になって向かい合っている。俺とウィンターズを代表として一歩前に並べて。
その部隊に名前はない。いや、もし名前をつけるとしたら、彼らは後ろ向きながらもふざけあって互いに名前を付け合っただろう。
すなわち、『負け犬』と『戦争狂』と。
「事態は知っての通りだ」
誰も口を利かない空間が一時間以上続いてから……もっとも俺には数分に思えていたが……俺は口を開いた。ただただ向き合って、互いの顔を何とかして目にやけつけようとしていた兵士達の目が久方ぶりに俺の目に重なる。
「実際の状況がどうであるかは私にはわからない。私にできるのは予想でしかない」
俺はいつものように、皆の前で話すときではお決まりの『私』という呼称を使った。仲間達はそれに特に反応をするでもなく俺の顔を覗き込む。ウィンターズだけは俺の顔を目を細めていたが。
「私にはわからない。この判断が人として正しいかどうかは。だが、軍人としてこのことを判断すれば、私の考えはこうだ。『作戦を遂行するに決まってる』」
俺の目の前……ウィンターズの後ろに並んだ兵士達は顔を伏せた。ゆっくりと下げた者、すぐに下げた者、一人ひとりのタイミングがバラバラであるのならその中で考えられていることもバラバラだろう。当然のようにその考えはわからない。申し訳なさか、それとも自虐的な発想から来るものなのか。
「ウィンターズ少尉の発案によって我々は二部隊に分けられた。味方に伝令として向かうウィンターズを含む班、そして私を含む作戦を遂行する班」
口には出さなかったが、そこにある意味を兵士達は当然のように飲み込んでいる。
立ち去ることは『生きること』であり、残ることは『死ぬこと』であるということを、彼らは知っている。垂れた頭が、さらに深くなった。俺は一息だけつくと、また口を開く。
「それぞれの選択を、私は尊重する。なぜなら私にはわからないからだ。人としての自分をとるか、軍人としての自分を取るか、私が判断するべきことはもう随分前にに過ぎ去った……後は君達に任せる」
俺としては。
俺としてはこれほどまでにここに残ると言う仲間がいたことに驚きを隠せなかった。ほとんど全員行ってしまい、最後に残るのは僅か仲間達だけかと思っていた。
ウッという声が俺の目の前……ウィンターズの背後から聞こえた。一人の兵士がしゃがみこんでいた。
「すみません……!」
「…………」
酷く小さな嗚咽だった。片手で顔を覆い隠し、しかし食いしばった歯と流れる涙を隠し切ることはできていない。
周りの兵士達は声を抑えようとする彼を見ていた。何を思っているかはわからない。ただ、何かしらの感情をこめて見つめていた。
「ほんとに……すみません……! 俺はこの部隊と共に死にたかった……苦しいことばかりだったけど、俺はお前達が好きだった……」
「逃げる奴が偉そうな口を利くな」
ふと、俺の背後……任務遂行班の一人、中年に達した軍曹が座った姿勢のまま言った。
「敗北者はだまって隊を去れ。それが俺たちのルールだろう」
「ルールなんて……」
ウィンターズの背後、伝令班の若い兵士が呟いた。頭をかかえたまま、しかしその下の表情は容易に想像できる。きっと、今の俺と同じ表情をしているのだろう。
「いつまでそんなこと言う気ですか。こんな間際まで……裏切られてまでそんなこと言うんですか! おかしいんじゃないのかアンタ!? こんな事になってまでまだ軍隊なんてもの信用してるのかよ!!」
その言葉に眉を寄せて、中年の軍曹が腰を僅かに浮かせる。
「逃げる奴が偉そうに……」
若い兵士は怒りに任せて抱えていた腕を振り回し、頭もそれに合わせてブンブン振った。
「逃げるに決まってるッ! 利用されて死ぬくらいだったら裏切ってでも生き残ってやる!」
「だったらここに来るまでに何人の仲間が死んだ? そいつらが何のために死んだのか考えろ!」
「『平和』のためだ! 母国の平和の為に死んだんだ! 俺だってその気で来たッ、だが現実を見ろ!」
若い兵士はなぜか俺を指差した。
「俺たちは結局『平和』なんて言葉に引っかけられてたんだよ! 何でだよ……どうして皆が死ななくちゃならないんだよ……俺たちはまだ、生きてるのに……!!」
そのままその若い兵士も力を失ってしゃがみこみ、やがて辺りに嗚咽交じりの沈黙が漂った。
「皆、嫌だ」
暫くたってから、俺は周りに聞こえるか聞こえないか微妙な声でぽそりと呟いた。周りの兵士達が俺を見る。
「死ぬのは嫌に決まってる。だから逃げたい奴は逃げればいい。最初からそう言ってる」
兵士達は呆けた顔で俺を見ていた。まるで今まで見ていたものがなんだったのかわからないとでも言うように、まじまじと俺の顔を見ていた。俺はその顔にたたみ掛けるように口を開く。
「俺の後ろにいる奴も、もし義務感やなんかでそこに居るとするなら、すぐにウィンターズの元にいけばいい。それが」
「なんで」
さらに口を開こうとした俺に、ウィンターズが言葉を重ねた。俺は思わずウィンターズの顔を見る。
酷い顔をしていた。
眉を寄せ、緊張したようにこわばったその顔を俺に向ける。
「なんで笑ってるんですか」
「……何?」
緊迫感に溢れたウィンターズの声に従い、口元に手をやる。……端がつりあがっていた。
なんだ、これ?
「……何が面白いんですか」
俺は手を口元から離した。
「面白い?」
「この状況の何が面白いのかって言ってるんです!」
ウィンターズは俺の顔を見ながら怒鳴った。いや、睨んでいたのだ、彼は。隊員の前だからこそ直立不動の姿勢を崩していないが、もし二人だけであったのなら間違いなく掴みかかってきていただろう。それだけの迫力が彼にはある。
「……面白い……?」
ただ、俺には彼に返すような言葉が見つからなかった。別に楽しいから笑っていたわけではない。第一、何で笑っていたのかも俺にはわからない。
……いや。
どうしてかは……わかるだろう。そうだ、なんだか間の抜けた光景に見えたのだ、今のこの状況が。
「俺たちは……人間だ。そうだ、これで正しい」
兵士達は相変わらずの罪悪感にまみれた顔で俺を見ていた。力ないかおで、やつれた顔で佇む者、座り込むもの……
俺はその顔を見つめる。
「悩んで、罵って、ぶつかって、これが人間の姿だ。何も間違ってない。それが普通なんだ」
ウィンターズが口を開く。
「……仲間の為に自分を犠牲にするのもですか」
「ウィンターズ、てめえ……!」
一歩前に出ようとするエヴを俺は手で制した。ウィンターズの目を見返す。暗く、曇った瞳だった。何かしらの黒い感情に飲み込まれないように必死になって怒りを蔓延させているかのような、そんな目だ。
俺はふっと力を抜いた。笑った……いや、むしろ微笑んでいたのかもしれない。
「俺達は英雄だ」
空気が少しだけ変わった。そんな気がした。
「国を守ることは国土を守ることだ。国土を守ることは領土を守ることだ。そして」
俺はウィンターズの後ろにいる兵士の一人ひとりの顔を見ていく。最後にウィンターズを見ると、彼は下から俺を睨んでいた。
「……そこに在る物を守ることだ。家族なり、仲間なり、恋人なり」
「それがなんなんです」
ウィンターズは怒気混じりに呟いた。吐き捨てるように言う。
「それの為に死ねとでも言うんですか。守るために死ぬんですか。……イカれてる。俺たちは守るためにここに来たんだ。死ぬためじゃない」
俺はその言葉に今度は意識して笑った。そして口を再度開こうとし
「てめえ!」
俺の脇から飛び出してきたエヴにそれを阻害された。
エヴは俺を突き飛ばすと腰から拳銃を抜いて、その銃口を突き出すように勢いよくウィンターズに向けた。
「気にくわねえ……! ふざけやがってッ、死ぬためにきたんじゃねえだと!? 俺たちだって同じだそんなもの!」
ウォンターズは一瞬体を動かそうとしたが、しかしその動きを退けてエヴを睨み返した。呟く。
「だったら何なんだ? 俺を撃つのか?」
エヴは興奮に任せて銃をブンブン振り回した。銃口はウィンターズに向けたまま、今にも発砲しそうな勢いに周りに緊張が走る。
「気にくわねんだよテメエは! こんなところにいるのに偉そうに説教かよ!」
「お……おい!!」
エヴのの動きに兵士達あわてて、体を動かそうとする。腰の拳銃に手を掛ける。
俺は直立不動の姿勢を崩さなかった。
「やめろ、 銃を抜くな!」
周りの兵士達は怒鳴った俺に困惑の表情を浮かべるが、俺はそんなことに気を使わなかった。ウィンターズを睨みつけるエヴに目をやる。
「エヴ、銃を引け」
エヴは動かなかった。じっとウィンターズを睨みつけ、銃の撃鉄を上げる。カチャリ、という音が響き、周りの兵士達の顔に焦りがさっと通りすぎる。動き出そうとするが、それを俺が目で制す。
エヴはそんな中でも眉一つ動かさなかった。瞬きもせず、銃口をウィンターズの額につける。
「あぁ、嫌です大尉……アンタ甘ちゃん過ぎるぜ。生きて逃がすなんて選択を出したこと自体、もう間違いだったんだよ……!」
ウィンターズが薄く笑った。
「……だったら何だ? ここで無駄死にするのが正解だってのか?」
「黙ってろ! 無駄死にじゃない! 戦って死ぬ、名誉のある死だ!」
「死ぬことに名誉があるのか? それこそ甘ちゃんの考えだな。下らない」
「逃げる負け犬が偉そうな口を聞くな!」
「エヴ軍曹!」
カチャッという音と共に一人の兵士が銃を引き抜いた。怒りに任せた形相でエヴを睨み、銃口を向ける。
「我慢ならねえ! アンタ何様のつもりだよ! 逃げるのがそんなに悪いことかよ!?」
エヴは視線をゆっくりとその兵士に向けると、素早い動作で銃口を動かした。金属音と共に銃口が兵士に向く。
「……悪いね。少なくとも、軍人なら死を覚悟して当たり前だろう。腑抜けになって逃げ出そうとしやがって」
「エヴ、もうやめるんだ」
冷静な声でウィンターズが呟いた。エヴの後ろで銃を引き抜く。
「俺だけならまだしも、部下に手を出すのは見逃せない……!」
「やめろ三人とも」
相変わらずのぼんやりとした、夢のような感覚の中で俺は呟いた。しかしそれはぼんやりとした俺の頭の中では音の調整がつかず、 あまりに小さかった。
「大尉すみません」
俺の横の老齢の兵士がまた、バッと銃を抜いた。銃口をウィンターズに向ける。
「全員銃を捨てろ、今すぐ投降しなければ撃つ」
ウィンターズはそれに反応すると逆に銃口を
老齢の兵士に返す。
「お前には信念がないのか? 戦って死ぬだけで満足なのか」
慌ててまた兵士が銃を抜いて老齢の兵士に向ける。
「お前らやめろ! 銃を捨てるんだよ! 味方同士でやり合うつもりかよ!」
そしてそれは波紋のように一気に仲間全体に広がりはじめた。緊張の糸がプツリと途切れてしまったかのように、顔を強張らせていた兵士達が慌てたように腰に手をあて、次々と銃を抜いていく。僅かな間に綺麗に整列していた二列はエヴとウィンターズを囲んでの銃出できた円となった。
年老いた兵士が銃を正確に相手に向ける。
「意見がくい違って作戦に支障が出るなら仕方がないな」
反射的に銃を抜き、撃鉄を挙げる若い兵士。
「ふざけんな! 勝手なこと抜かしやがって!」
全員が全員、拳銃を振り回して撃鉄を上げる。カチャリという音がつぎつぎと響き、怒声が静かだった森を揺らがす。
「やめろ!」
「銃を捨てるんだ! 全員で死ぬ気かよ!?」
「負け犬が! 下がってろ!」
「黙れクソ野朗! 生き残りたくて何が悪いんだよ!」
「やめろよ! 何してるんだ!?」
「俺は戦う! 死んでいったやつらのためにだ! 腰ぬけどもは黙って去れ!」
「いいから銃をおろして、一緒に逃げよう!」
「黙れ!」
「銃を捨てろ!」
「戦うんだよ! 戦え!」
「生き抜いて何が悪い!」
銃を向けて怒鳴りあう兵士達の横で俺は一人取り残されるように突っ立っていた。じっと立ったまま、どうすることもできずにぼんやりとした頭で
「やめろ……銃をおろせ」
と呟いていた。
俺は恐れていた。こうなることは予想できていたのに。
ウィンターズが俺に銃を向けたあの時、もうこうなることは予想できていたのに。どうしてだ。どうして俺はそんなことになるのに話した。
「大尉ッ! アンタも動くんじゃない!!」
ウィンターズが突然俺に銃を向けた。憎しみに満ち溢れた目で俺を睨む。
ああ、俺が望んだものはこれだったのか?
こんなものだったのか?
憎しみと絶望に満ちた瞳のために、俺はウィンターズに話したのだっただろうか。
「アンタは一番危険なんだよ……大尉は死のうとしているでしょう。ここで誰かに撃たれて死んだほうが、この問題に直面しなくていいからな……!」
「…………」
どうしてだったか。
ウィンターズは何も言わない俺を見たまま、腰へ手を回した。ゆっくりとポケットに手を突っ込むと、まるで壊れ物でも扱うかのような手つきで丸い金属を取り出した。
「大尉は忘れてしまったでしょうけどね、俺は覚えてる。このドックタグに刻まれた名前、大尉にわかりますか?」
俺は答えなかった。答えられなかった。ずっと黙って、そのドックタグを見ているだけだった。
いつの間にか黙り込んだほかの兵士達がから失望とも取れる瞳が投げかけられた。
ウィンターズは薄く笑った。明らかな嘲笑だった。
「わからないでしょう? この四ヶ月間、仲間の話題を出したのは俺からだけですよね? 大尉はその話すらすり抜けた! 死んだ仲間のことは一言だって触れなかった! 大尉は結局仲間のことなんて頭になかったんじゃないですか!?」
ああ、そうか。
俺はそのドックタグをよく見て、やっとなんで俺がウィンターズに話したのかを思い出した。
そうだ。コイツは人一倍人間らしかったんだ。
コイツはどの戦場に行っても死んだ奴の為に涙を流せた。生きていることに意味を見出そうとした。やっていることが人として正しいかどうかをいつも悩んでいた。
そして死んだ人間を忘れなかった。
「……アラン、アルバート、アドルフ、クリフトン、カーティス」
口を開いた俺にウィンターズは眉を寄せた。しかしすぐにその意図を察して笑う。ドックタグを振った。
「はずれですよ。一つだってあっちゃいない。ふざけてるんですか?」
引き金に指がかけられるウィンターズの銃を見ながら、俺は一度息をつき。そして口を開く。
「……コーネリウス、セシル、クライド、デイブス、ノイエ、イブリン」
「…………」
ウィンターズは再び眉根を寄せた。ほとんどそれは睨んでいたが、俺はやはりそれを無視をした。
その代わりに腰に結んでいた麻袋をウィンターズの目の前に突きつける。
「イーノック、エイバー、ジョージ、ギルバート、ジャハード、ハリス」
その袋の口紐を解くと、そのままさかさまにした。
ジャラジャラとしたたくさんの金属がぶつかり合う音が響いた。麻袋の口が小さいからだろう。細く、長い、耳障りな音が当たりに流れる。
落ちたのは俺が四ヶ月の間に集めたドックタグだった。
目を見開き、黙り込んだウィンターズが手に持ったドックタグを指差し、俺は呟いた。
「……マイク、ロウ、エリック、ロジャー、エイブス」
俺は力の入らない目でウィンターズを見た。
「お前が背負ったのは四人か」
「背負った?」
「俺は四ヶ月の間にあまりに多くの人間を背負いすぎた」
俺は説明などする気は無かった。ウィンターズもわかっているはずだ。俺には直感に……いや、共に戦ってきた人間として共有している感覚のようなものでそれを悟っていた。
ウィンターズは戸惑った表情をしながら銃を握る手を緩める。
「忘れたんじゃないんですか……?」
「仲間の兵士のことか?」
俺は自嘲気味にフッと笑った。体全体から力が抜けるような、そんな笑いだ。
「……忘れられないんだよ。あいつらは俺を攻め立てるんだ。『何で殺したんだ』ってな。夢の中でも……戦いの中でもだ」
俺の脳裏に浮かぶのはあの顔。女を殺したときに現れたあの、醜くゆがんだ顔。
「……殺したのは大尉じゃない」
ウィンターズは呟いた。小さな声だった。
俺はかぶりを振る。
「いいや。俺は何人もの人間を殺してきた。見殺しという殺しをしてきたんだ」
「大尉!」
叫んだのはエヴだった。
銃は握り締めたまま、顔をろくにこちらに向けないで顔を苦々しくゆがませる。
「ここでそんなことを言ってどうするんだ!? アンタはそうやって自己満足に浸るためにまた仲間が死ぬ理由を増やすのか!?」
俺は黙った。
「死ぬんだぞ!? アンタのせいでまた人が!! 仲間が死ぬんだぞ!?」
「黙れ!」
仲間の兵士によってエヴに銃が向けられる。エヴはウッと息を詰まらせると銃をそいつに向けなおした。カチャリという音が交錯する。
「……黙れだと……! ふざけやがって、お前達を守るために俺たちがどれだけの犠牲を払ってきたのかわかっ――」
「た、大尉!?」
エヴの恨み言はウィンターズが上げた息の詰まった驚愕の声でさぎられた。エヴに目をやっていた兵士達の顔が俺に集中する。
そしてその顔は恐怖にゆがんだ。
「……最善の選択だ」
甲高い金属音を立てて手榴弾のピンは抜かれた。俺は驚愕と恐怖で動けなくなっている仲間を見る。
「話すべきじゃなかった。間違っていた。俺はやはり、何も言わないで戦うべきだった。……もう御託はいい。逃げたい奴はにげろ。戦う奴は戦え。俺はもう選ばない。好きにすればいい。俺はもう、一人でも戦うことを決めた」
なぜか穏やかになった心の中を反芻するように俺の顔は笑顔になった。
ウィンターズが顔を引きつらせ、緊張に咽を上下させる。
「大尉……手榴弾を」
俺は笑いながら手榴弾を上下に振った。
「コイツはまだ爆発しない。俺が握っている間はな。わかったら銃を捨てろ」
兵士達は緊張と困惑で顔を見合わせる。互いの銃を見、しかしどうしたらよいのかわからないのか銃を揺らすだけだ。
「捨てろッ!!」
俺の怒鳴りに最初に反応したのはエヴだった。ちっと小さくしたうちすると銃をその場に捨てる。
「…………」
他の兵士達もおずおずと、そしてゆっくりとだがそれに習って銃を地面に捨てた。
「……お前もだ」
一人を除いて。
「……大尉は俺に何を求めていたんです」
「…………」
銃を振るわせるウィンターズを見ても、俺は答えなかった。それを答えてしまっては、俺は戦う意思をなくしてしまう気がした。
「大尉は何を」
「…………」
「大尉は何をッ!」
「今となってはもう意味の無いことだ!」
俺は手榴弾を握った手をウィンターズの咽ものとに押し付ける。兵士達がビクリと体を反応させて近づこうとするが、エヴがそれを留めた。正確な判断だった。今兵士が近づいたり、銃に少しでも触れたものなら俺は手榴弾を手から離していた。
そうなればその鉛と火薬の塊は、瞬時に爆発してその身に内包させた金属片を撒き散らすだろう。
「意味のないことなんてない!」
「…………」
「想像できたでしょう……こういうことになることは、大尉はわかっていたはずでしょう!? それでも俺に話した理由はなんです!?」
「…………」
ふと、俺は思い出した。
最初の、降下部隊だった頃の仲間達の姿、表情。あのときの俺たちの笑顔。つらい訓練の中でも、それでも笑い合えていたあの頃の俺達の姿。
あの頃の俺達は、どこにってしまったのだろう?
どうして皆、いなくなってしまったんだ?
どうして俺たちは、武器を向け合っているのだろう?
「大尉!!」
いつの間にかウィンターズの目には涙が浮かんでいた。声も上手く調整がきかないのか潤んだ調子になっていた。
「教えてください! ……もう、あなたに会うのは……」
ウィンターズは泣いたまま、歯をくいしばる。引き金にかけた指に力をこめ、そして
……そして、引き金から指をはずした。
「これが……最後です……!」
それは、決別の言葉だった。
もう同じ道を歩くことは無い。
もう肩を並べて戦うことも無い。
もう、笑い合うことも、無い。
「……そうか」
気がつくと、俺の声にも湿っぽいものが混じっていた。……いつの間に泣いていたのだろう。無く必要なんて、無いのに。
戦わない者は、もう兵士じゃない。もう、ウィンターズは自分と同じ存在なんかじゃない。
そうだろう?
だったら、なんで泣くんだ?
「……頼む
……ドックタグを……かつて俺たちが戦友と呼んだ仲間を……帰してやってくれ……!」
なんで、泣くんだ。
俺は手榴弾のピンをもどそうとし、しかし手が震えてどうしようもなくそれはできなかった。
「…………」
エヴがザッザッと強引に足を地面にねじ込むように歩いてきた。俺のところまで来るとピンごと手榴弾を奪う。冷静にピンを元の位置に差し込んだ。
エヴはその作業を終えると、手榴弾を投げ捨て、俺に背を向けた。
「大尉……もう、いいでしょう。俺たちは決別したんだ。……兵士として、別れる時です」
俺はヒザを崩し、涙を流していた。もう、どうしようもなくとまらなかった。何も悲しいことなど無いのに。泣くことなど、どこにも無いのに。止まらない涙に歯噛みした。
(……どうしろってんだ……!!)
俺はドックタグの入っていた麻袋を手に取り、立ち上がってウィンターズの前に突き出す。
「俺はこれを持ってはいられない。もう、彼らとは違う道を歩んでしまっている……」
「…………」
俺は涙を振り払うかの様に、何かを言おうとしているウィンターズを突き放すかのように、一気に体を硬直させて右手を伸ばし、額に押し付けた。
「敬礼!」
俺とウィンターズとのやり取りに集中していた兵士達は一瞬、その決別を意味する敬礼に恐れをなしたが
「……ウィーアーサァァァッ」
エヴが直立不動になり、敬礼すると我に返ったかのように……しかしその『別れ』の重みに躊躇と悲しみを持て余し……ゆっくりと、敬礼を返した。
「ウィーアーサァッ」
「ウィーアーサァァァッ!」
「ウィー…アーサ……」
「ウィ、アーサーッ」
「ウィィィィアァァサァァァ!!」
次々と、しかしバラバラに兵士達はその『儀式』を終えていった。
そして最後に残ったのは
「…………」
ウィンターズは俺を見ていた。
「…………」
何を思い出しているのだろうか。俺は彼との思い出は余りに多すぎて、思い出そうにもどれを思い出していいかわからなかった。
ウィンターズは、唇をかみ締めた。声を震わし、涙を流しながら、口を開く。
「……ウィ……アー…サァ……!」
その押し殺したような声が、俺たちの最後だった。
俺たちは、そうやって暗闇への道を歩んでいった。
どうしてだ。神様。
俺たちはどうして、こうも不器用だったんだろう?
神様……
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