■10





 鬱屈し、見上げた空は、夢幻の夕空。
 橙色の光が、俺の頬を照らし
 もう片側を闇色に塗りつぶした。

「……どうすりゃいいんだ」
 俺は、一人になった。
 たった、一人になった。
 一人になることなんてないと思っていた自分の甘さに、俺は涙が出そうになった。いや、むしろこれは苛立ちだ。涙とともにこもった力は……奥歯をかみ締めていた。
「……んだよ。一人ってこういうことか」
 仲間がいない。分かり合える友がいない。笑い合える人がいない。そういうのが孤独だと思ってた。
 違った。
 条先輩が味わってきた孤独って、もっと無気力で、形がなくて、苛立つくらい普通で

 最高に、恐ろしい。

 この先を想像するだけで足が震える。不安にムネが押しつぶされる。なんだよこれは。
「なんなんだよ……」
 俺はタバコをくわえた。火がつくと紫煙が立ち上り
 俺に触れることなく空へと消えていった。





「……で? お前は結局何がしたかったんだ?」
 と言うので
「はっきりとは言わん。ただ、エロくはない!」
 と断言した俺は馬鹿以外の何者でもないとおれ自身も思った。


「なるほど、今わかったよ。君は馬鹿だ」
 と夕日の傾きかけた屋上で言ったのはタラシ野朗中原。奴は手すりにひじをつきながらブスッとしている俺の後ろで腕を組みながら、若干笑っていた。
 俺はケッと呟き、タバコをくわえなおす。
「ほう、そう思うか、タラシの中原。じゃ、聞くが、俺はあの時どうすればよかったんだ?」
 オレンジ色の夕日はねずみ色の屋上の地面を明るく照らす。明るく、まぶしいほどのオレンジ。サァと黄金色に輝くそれは、くわえたタバコの先端の明かりも、その光の中に包み込んでしまっていた。
 最近は綺麗なものによく出会う。と俺はぼんやりと思った。
「僕の意見は参考にならないさ。そういうのはまさに、当事者である『君』が考えなければならない問題だからな」
 『君』に恐ろしく強いイントネーションをつけつつ、仲原はははは、ふふふと端から見たら明らかに変態としか思えない笑い声を上げた。ははは、別に突っ込まんけどな、お前社会に出てからきっと苦労するぞ。
 さわやかな顔。鼻は高いし、ロングの髪もしっかりと端正な顔にあっている。手は女の子のようにすべすべとしていて、足もそれに合わせたかのようにすらりと長い。
 奴を初めて見た人間は、十中八九こう言う。
『美少年』だ、と。

 ただし

 ただし、もしこの西神楽市立西神楽東高校の生徒が奴を見たら十中八九こう言う。
「あれ、宇宙人じゃないか」
 と階段を上がってきたのは柴田だ。ボクシング用のグローブを肩に引っさげて、ぶらぶらと現れるその柔和な顔の男は、中原の姿を確認すると苦笑した。
「昨日告白された一年生と一緒に帰るんじゃなかったのか?」
 「うむ」と中原は偉そうに鼻を鳴らす。
「その件だが、柴田、あの女の子はお前にやろう。彼女のことはもう理解しきった」
「……なんだそれ」
 はぁと俺はため息をつきながら呟いた。なるほど、さすが『宇宙人』の中原。
奴が女と付き合う理由。それは『人類の理解』。
 美少年。そう、こいつはとんでもない美少年だ。だからこそ需要が大量にあるわけだ。ここで言う需要というのはつまり、学校に来たらラブレターなる時代錯誤な品が下駄箱に突っ込んであったり、突然校舎裏に呼び出されたり、夕日の差し込む教室で二人っきりになったり、夜中に「大事な話いいかな?」なる電話が来たり、そりゃもう当然のように誕生日がチェックされてたり、自転車のかごの中に愛してる、ダイスキ! なる寄せ書きが放り込んであったり、いきなり抱きつかれたり、キスされたり、女の先輩に部室で迫られたり、ストーカー被害にあったり……etc.etc...
「いや、俺は遠慮しておくよ。女の子とか、ちょっとめんどくさいし」
 と柴田は軽やかにかわす。苦笑いを崩さずに片手をふった。
 「うむ」と中原はうなずく。
「ならば明日中に彼女とは別れなくてはなるまい」
「えげつねえ……なんて野朗だ」
「そうだ、想よ。空と上手くいかないのであれば僕に譲ってくれ。僕ならすべて上手くいくようにする自信がある」
「言ってろ」
「……あのさぁ」
 タバコの先端をビシリと中原に向ける俺の後ろ、相変わらず階段付近で立ち尽くしていた柴田は呆れ顔をしていた。
「そんなことはいいからさ、文化祭の準備とか想達はどうしてるの? ちゃんといってる?」
 その言葉に、俺と中原は顔を見合わせた。ふむ、うんと呟き
『いってない』
「……ハモってるなぁ」
 柴田ははぁ、とため息を付いた。なんだそのため息は。俺と中原を一緒にしてのため息か?

 西神楽市立西神楽東高校。その文化祭とはいたって普通。事前に配られるプリントには
・健全な生徒育成の為の文化的なウンたら
・暗いのダメ
・喧嘩ダメ
・火ダメ
・刃物ダメ
・配布費以外の使用ダメ
・不純異性交遊ダメ
・調子乗るな
・打ち上げすんな
・走りまわんな
・迷惑かけんな
 などの注意書きがあるだけで、それ以外は特に指定はない。レストランでも、ライブでも、好きにしてくれというなんとも自由奔放な文化祭(ただし食事関連は事前に検査が入る)。
 とはいえ最近の高校生というのは実につまらないもので、大抵は例年通りの催し物をやるだけだ。一年は合唱、劇、ミュージカル。二年はイベント。三年は食事関連。なかにはなかなか手の込んだものもあるが、ほとんどは使いまわしの設定だったりして。
「うちは『巨大ウォーリーを探せ』だけど」
 と柴田は屋上に座り込みながら呟いた。
「想達は?」
「しらね」
 タバコをすぱすぱ。体を支える、手すりに押し付けられた腕をぶらぶらさせる。
「興味ないんだよなぁ……なんかクラス自体盛り上がってないっていうか」
「ふぅん。中原は?」
 「うむ」となぜかコンクリートをはがそうと躍起になっていた中原は、柴田の呼びかけに立ち上がるとさらに自慢げに腕を組んだ。「教えて欲しいか?」「いらね」「ははは仕様のない奴だな。教えてやろう」との俺との会話を挟んで
「西神楽東高校『24』だ」
「……とぅうぇんてぃーふぉー?」
 柴田が怪訝そうな顔をする。
「うむ。つまり客に『ジャック・バウアー』になってもらい、我々はテロリストとSWATチームを用意する。客はジャックになりきってSWATを指揮したり時には自ら危険に飛び込み……」
「もとネタわかんない奴がかなりいそうだぞ」
 俺の言葉に、はははと中原
「僕が楽しいからいいのだよ! クラスの女子も僕が喜ぶのなら働きアリのごとく働くさッ!」
「……もうお前消えろ」
 しっしっとタバコを揺らす。そんなおれ達の掛け合いを見ながら、柴田はクスクス笑っていた。
「ハハハ……あ、想は先輩達は何やるか知ってる?」
「え? ……いや、知らない」
 一瞬頭に浮かんだのはやっぱり『あの』先輩。


――私はこれで我慢してあげる。行ってらっしゃい、想クン――


 三日前、屋上で会って以来、一度として顔を合わせていない。第一、屋上であったといっても空に阻まれて話せていないし。
 代わりに、空はあの日以来俺に妙に積極的になっている。最近では昼飯の時間に屋上に来て、余ったと主張するお弁当を持ってきてくれたりする。柴田はそれを見てニヤニヤ笑い、俺は『バカかお前ッ いらないって!』とかなり恥ずかしくなりながら逃げる。そして空は『……じゃ、じゃあいいです。余っただけですから』とか言いながらちょっと涙を浮かべる。泣かれると困る。俺はぺこぺこ謝りながらもらう。食べる。空は俺が食べ終わって、「すごく(←ポイント)おいしかった」というまで帰らない。また半泣きになりながら下から俺を睨むのだ。『私、帰ります!』と主張しながら帰らない。おいしかったと言えと言えばいいのに、じっと睨んでくる。柴田はニヤニヤニヤニヤしてこっちを見ているのであんまり美味い美味いという気にはなれない俺はほとほと困って……

 んなことはどうでもいい。今は風香先輩だ。

 今となっては、あの晩アレだけ会いたかったのにも関わらず、逆になんとなく会いにくい。もしかしたらポンプの陰で俺と空が……その、なんだ……キ、キスをしてるのを見られてるかもしれないし、なんと話しかければいいかわからないし、なにより俺は俺でまだ先輩に言うべき言葉を考えていないっていうかなんていうか……

……いや、ホントは違う。

ホント言うと俺は
「ねぇ、想は俺と一緒にいかない?」
ぬっと視界に現れた柴田は怪訝そうな顔を俺に向けていた。俺は一瞬噴出しそうになったタバコを慌てて手に挟んで「何が?」と聞き返す。
だからさぁ、と柴田は階段を指差す。
「先輩達の準備してるとこにいかいないかって話」
「え」
 行くのか? 俺はくわえたマルボロを落としそうになった。
 それはやばい気がする。まずい気がする。ていうか風香先輩に会っちゃうじゃん。だめだめ。と俺はかぶりを振ろうとしたところでピタリと止まる。
 これは逆にチャンスじゃないのか。
 全然会えなかった先輩に、準備を口実に会いに行く。それであのことを謝り、許してもらう。自然な流れだ。何より会話のチャンスをつかむのにこれ以上に自然なタイミングはない。
「どうする?」
 小首をかしげる柴谷に、俺はウンウン頷いた。
「俺も行く。んで、風香先輩のクラスに行く!」
「…………?」
 柴田は妙に張り切りだした俺に一瞬だけ眉を寄せたが、俺のキラキラとした視線に負けたのか、ま、いいやと頷いた。
「それじゃ、中原はどうする?」
 うむ、と中原は頷き
「僕は後輩のところへ向かう。空に会いたい」
 とのさばった。この野朗……
「お前、人の彼女に変な手出すなよ」
「ん? 彼女は所有物なのか?」
「そういう綺麗ごと言って落としにかかんなよって行ってんだよ」
 俺のビシっと決めた指摘に、中原はニヤニヤ笑いを浮かべる。「努力するよ」と大仰に決めると、そそくさと階段を降りていった。
 しばらくの空白の後、柴田は「ま、不安だけどね」と呟き
「……俺らも行こうか?」
 と階段へ向けて歩き出した。
 俺はマルボロをプッと吐き出す。ねずみ色のコンクリの上にぽとりと落ちたそれを踏みつけて、ねじる。
「よっしゃ、行くか」
 気合とともに俺は柴田に続いて歩き出した、
そこで俺は気がついた。
 振り返るとコンクリの上で、消えきらなかったタバコの火がくすぶって、いまだ紫煙を空に浮かばせていた。
「風香先輩に合うのに気合を入れるなんて、初めてだな……」
 その時俺は笑っていたのか。
 強張っていたのか。

   <front next>

人気次第でエンディングが変わる……?
(もしかしたら人気者同士で特別ストーリー作るかも)

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