■1

 

 夕焼けが美しく地上を染めた。

 どこまでも続く砂漠に色濃いオレンジが映えてひろがるその姿は、まるで広大な海を眺めているようであった。緩やかな砂の丘や谷に陰影が残り、それがまた見るものに壮大な光景を与えてくれる。

『αー1より本部へ。全日訓練終了。αー1帰投する。』
 ザッという耳障りな音が響いた。無線ノイズだ

『了解α-1。帰投後マルコム少佐からの直接訓辞がある。心の準備をしておけ。』
 もう一度、ザッとノイズ


 そのオレンジの海を切り裂くように漆黒のヘリが飛んでいく。機頭部が丸く、長く真っ黒な機体、そして機体横に飛び出した機銃……アメリカ海軍特殊部隊SEALS保有、軍用へリ『ブラックホーク』だ。
 ヘリは前部に重心をおいて、前かがみになるように全速で飛んでいく。バタバタという轟音がそれと同時に当たりに響き渡っていた。
 そのブラックホークを操る男がメットをはずしながら後部座席へと声を張り上げた。
「帰ったらマルコム少佐のお出迎えだ! しっかりアピールしろよ! 実戦投入も夢じゃねぇ!」
 ヘリの駆動音で声が届かないのだ。駆動音はまるで耳元でフライパンを叩きまくっているような騒音だ。中に搭乗している人間にとっては、もうどうでもいい事ではあったが。この程度の騒音、何度も訓練をつんでいる彼らにとっては耳ざわりですらない。
 ヘリの後部は夕日が差し込んで、機体の壁がオレンジ色を反射させている。しかしながらやはりその黒い機体のせいでそのオレンジも僅かにくすんで見える。
その中には影がいくつか点在した。ヘリの動きに呼応して伸びたり縮んだりと伸縮を繰り返している。
 影の一つが怒鳴り声に反応して手を上げた
「ジェームズ伍長! 自分はあまり乗り気になりませんでありますッ」
 ヘリの後部に座る影……男達のうち、黒い肌をした兵士がパイロット……ジェームズに声を張り上げて返した。
 その黒い肌には汗が浮かんでいて疲れが見えるが、彼の口元はニヤリと何かいたずらを思いついた子供のように楽しげにゆがんでいた。
ジェームズはそのニヤ付いた顔をバックミラーで確認した。そして何を思ったか、彼自身もまるっきり同じ顔をして叫び返す。
「なるほどッ! そいつはどうしてだエドワード一等兵ッ? 続けてくれ!」
「サーイエスサー! 伍長殿ッ 自分はマルコム少佐には一日一度だけ会うことにしているからであります!」
 エドワードが敬礼しながら叫び返した。彼は手に握った銃から片方の手を離し、その手でもう噴出しそうにしている口元を押さえた。
 彼のもういっぽうの手には、銃口の下にランチャーがある型のアサルトライフルが握られている。アメリカ海兵隊特有のバースト発射式ライフルだ。着ている服は砂漠迷彩服で、頭には特殊部隊用防弾ゴーグル付ヘルメット。周りにいる仲間達も同じだ。そしてその腕には星条旗のワッペン。
 彼等は『合衆国兵士』だった。
「一日一度!? どういうことだ!」
 ジェームズの含み笑いをこめた言葉に、足をドアの外に放ってブラブラさせていた、端正な顔立ちの短髪の男がバッと手を上げた。
「その疑問には自分が答えるであります伍長!」
 彼は表面上平静を保っているが、よく見ると目が笑っていた。その表情に相まって、顔に塗った迷彩塗料が溶けてしまっていて、まるでおかしなピエロみたいな顔になってしまっている。
 おっとなぜか少しうれしそうにジェームズが叫び返す。
「なんだフィリップ! 答えてみろ!」
 フィリップは周りの仲間にニヤリッとわらいかけた。仲間はなるべく笑わないようにしながら、それでもこらえきれなずに出た小さい笑い声を上げてそれに応えた。
 そうしてフィリップは真面目な顔をして叫んだ。
「マルコム少佐の口の悪臭は朝一度かぐだけでその日一日を暗嘆とさせてくれるからであります! 一日に二回など、恐れ多くて気分が沈むしだいであります!!」
 その言葉にフィリップを中心にドッと笑いがおきた。
「まったくだぜッ ハハハハハハ!」
 パンパンと手を叩いて大笑いする者も現れだす。ヘリのバラバラという音にも負けない大声。今までためていたものを一気に爆発させるように、ヘリの中には爆笑がうずまいた。
「フィリップ! お前はきっと明日にでもクウェートに飛ばされるよ!」
 ジェームズもゲラゲラ笑いだした。両手とはさすがにいかないが、操縦桿から少し手を離しながら手をどこかしこに当ててゲラゲラと遠慮なく体をねじった。
 ……次第に見ている側も不安になるくらいになってくるくらいだ。
「この会話がばれたらジョーク抜きでみんな実戦投入だよ」
 エドワードがヘッと笑い、叫んだ。
 とはいえ彼自身、我ながらそう思うのは間違っている気がするが、実際飛ばされるのなら絶対自分が先だろうな、と思い口をにやけさせた。
 そのエドワードの肩をフィリップがばんばん叩く。なんだよと振り向いたエドワードに親指を立てて、ニカッと笑った。
「何言ってんだ! 俺達はいつも口臭と戦ってんだろ!?」
 またもフィリップの言葉に笑いが広がる。エドワードはフィリップの目の前でふき出してしまったので、つばがフィリップに大量に付いた。少しもめる。

 ザザザザザザザザザザザザザザ

 と、その笑いの中にノイズが入ってきた。
『α-1聞こえるか?』
 ジェームズが笑いを必死にこらえながらメットをかぶる。
「くっくく……くっは」
 苦労して口を押さえて顔を作る。しばらくしてから、かなりにやけているが一応それなりの表情を保つことに成功した。
「了解。α-1聞こえている。」
『ああ。こちらもよく聞こえている。それで今、お前達の会話がよく聞こえていてな』

ヘリの中の時間がすこし止まった。

「……なんだって?」
 数秒後にやっとのことで応答したジェームズ。すぐに返答は帰ってくる。
『ああ、それでだな……』
 エヘンと咳ばらいの後
『マルコム少佐がさらに重要な話が増えたから早く帰ってこい。だそうだ』



 民兵のRPG……いわゆる地対空砲ミサイル対策のため、ブルーに着色した輸送哨戒機から積み荷をせかされるがままに運んでいく。さらに運んだ積み荷はボックスから中身をだされ、検閲とともに仕分けする。……彼らに与えられたこの仕事は単純なだけにきつい仕事だった。最前線に送られたほうがはマシだと言う輩すら現れるほどだ。
「これ全部を救援物資でくばるのか?」
「…らしいな。……よっと」
 クウェートに派兵されたアメリカ海兵の彼等は、久しぶりの銃を使わないまともな仕事にありつきながら口を開き合った。
 送られてきた輸送物資を腰を折りながら肩にかつぐ。その荷物はいつもの通り無駄に重く、どれだけ圧縮しているのか想像もしたくもないくらいだ。
「こっちにゃ俺達へのプレゼントもあるぜ」
 検閲をしていた一人が、荷物をひっくり返して言った。中には手紙や煙草類が満載されていて、……仕分けには少々手間取りそうだ。彼等はめんどくさそうにすわりこんだ。
「おいおい……見ろよ、アイツ彼女いたらしぜ」
「は? 嘘だろ?……うわ、宛先あってる」
「アイツ、あんな焼きかけのミートパイみたいな顔して女いるのかよ」
「おおう、見ろよコレ、家族との写真だと」
「どれ。あー……コイツはひどい……ミートパイの彼女はドリアンだったらしいな」
 そうやって彼等はガヤガヤとうるさく仕分けをしていきながらも、一応は軍人らしく中身をきびきびと検閲していく。手紙や小包を一つ一つ開封しながら、爆発物や生物兵器がないかを確認する。しかしながら綺麗につつんだ包装を破るのには心を少々痛める。
と、その時封筒の一つから何かが落ちた。
「……あれ?」
 落とした兵士が地面を見ると、それが落ちている。
 ゆっくりつまんでみると、それは
「……花?」
「男の楽園にお花か?」
 隣の兵士からクククと笑いが漏れた。
「ま、砂漠じゃ見れないからな」
 落とした彼は花を丁寧な手つきで封筒にしまいなおし、『検閲済み』の判子を押した。
 ……しかし戦場に花など…縁起でもない。
 そういうつもりで送ったわけではないのはわかっていたが、こんな雑務を与えられていても戦場にいる以上、少々不謹慎に感じてしまうのは自分勝手なのだろうか。
 戦場にたむけられる花ほど、無駄なものはないのだから。



「ははは。本当に、マルコム軍曹がきてると思ったのか?」
 一時間前、ヘリから降りるなり青い顔をして降りてきた五人に通信兵は話しかけた。
 話しかけられた砂漠迷彩姿の、端正な顔立ちの男は目を細めながら口を開く
「ああ。だから降りてからジョークでしたって言われたときはこの銃が神からの贈り物だと思ったよ。」
「は?」と疑問を顔に出す通信兵にフィリップは表情を崩さず言った。
「神は正しき復讐者に武器をおあたえになる」
 フィリップは銃の肩当をガンガンと叩いた。
「……そいつは悪かったな」
 復讐の対象者はそうおどけて両手をあげた。

「(……いつか頭に弾ぶちこんでやるからな)」
 通信兵と別れて、いい加減文句をたれ始めた腹のために飯にとりかかったフィリップは物騒なことを考えていた。ドンドンと足音をたてながら眉を吊り上げたその姿は、もう誰の目から見ても怒っているとしか言いようがなかった。
 とりあえずこのイライラを食事に置き換えることにした彼は、置いてあったトレイを乱暴に引っこ抜いた。先程の足取りでドンドンと、配給食を順番で待っている兵士を追い越して肉の入れ物の横に重鎮する。
「ちょ……並べよ!」
 彼の後ろに並んでいた連中が彼を糾弾した。兵士は常に食事に飢えているのだ。
「うるせえな。騒がなくても飯は手に入んだから黙ってろよ……」
「フィリップ! お前はこの間もそう言って僕の横から入ったろうが!」
フィリップの真後ろにいた男が肩を掴む。
「おぉ、誰かと思ったら級長じゃないですか。」
 そういいながらフィリップは一番でかい肉を取ってトレイの上の入れ物にほうりこんだ。
 級長と呼ばれた男はさらに渋い顔をする。先ほどヘリに搭乗していた男だった。彼を指差し、フィリップスはさらに言う
「お前はその固い頭を柔らかくしたほうがいい…肉なんかくうな。野菜を食え」
 ワシャワシャと野菜の缶から乗せれるだけ級長と呼ばれた男のトレイに放り込んだ。
 男はそれをすべてフォークでフィリップのトレイに移し変えた。
「俺はリチャードだ! SEALならSEALらしく振る舞え! 恥ずかしくないのか!」
 眉を吊り上げるリチャードを、フィリップは今度はフォークを使って指差した。
 随分力を抜いて、まるでタバコを片手に挟んでいるようだ。
「お前もSEALならわかるだろ? SEALはワンマンが得意なんだよ」
「平和のために戦う合衆国兵士がそんなんでどうする」
 リチャードはフィリップの手とフォークを払って言った。
「俺が戦うのはキューピッドアップルズの踊り子のためだよ。胸なんか熟れすぎたスイカよりでかい……俺は惚れたね」
 フィリップはリチャードの言葉に笑顔で答えた。拳をにぎりしめて思い出をかみ締めているかのようだ。どうやらキューピーズアップルズというのは彼の故郷の風俗店のようだ。
 そんなフィリップをを相手に、リチャードは
「そんなもん知るか。とりあえずそのデカイ肉、俺によこせ」
 フォークを持って肉に飛び掛かった。……リチャードも兵士なのだ。腹は、常にすいていて、他の兵士と同様に食べ物に関してはひどく敏感だ。
 日本にはぴったりの言葉遊びがある。
『食べ物の恨みは怖い』
「おわっ テメ…やっぱり肉目的かよ! テメェにやるくらいなら砂漠のサソリにやる!」
 二人はガチャガチャと騒ぎながら、素直に並んで既に食事を食べ始めている兵士を尻目に肉の奪いあいを開始する。
「てめえ! 一発決めてやる!」
「やってみな! フィリップにできるのか!?」
 にわかにキャンプが騒ぎ始めた


「いいぞッ やれフィリップ!」
 エドワードが扇ぎ始めたお陰で事態はもう収拾が尽きそうにない。周りの兵士達が騒ぎに気がつき、キャンプの中の兵士達はフィリップとリチャードを中心に闘技場のように円を作っていた。
「級長!正義のストレートだ!かませ!」
 ジェームズもゲラゲラ笑いながら煽る
 その笑いの中心で二人の兵士はにらみ合う。
「いい機会だ、テメエとはケリ着けてやる」
 フィリップは軽いステップを踏みながらシュッシュッとジャブを振り回し
「そいつは僕のセリフだフィリップ。」
 リチャードも左右にステップを踏んで距離を詰める。
 ファイティングポーズを決める二人にキャンプが最高潮に盛り上がり始めたとき。

バン

 とドアが開いた。
「オイ!!」
 フィリップスが後ろを振り向くと年配の内規兵が立っていた。
 会場が一気に冷めた。
 内規兵は軍内部の犯罪を取り締まる…言わば軍の警察みたいなものだ。今の騒ぎが内規兵にどう映ったか…確実に営倉ものだろう。
 キャンプ内に嫌な空気が漂う。
 しかし会場の気まずさを無視して内規兵は全く予想外の事を言った。
「ジェームズ伍長はどこだ?少佐がお呼びだ」
「ジェームズ?えーと……」
 てっきり逮捕かと思ったフィリップは拍子抜けしてしまった。
 しかし呼ばれた本人の心はあまり穏やかではない。
 おいおいおいおい……俺がなにしたってんだよ…
「自分がそうでありますが……」
 ジェームズがおずおずと手を上げると、内規兵は小さくうなずいた。
「わかった。お前たちは食事を続けろ。……エドワード伍長、来い」
「……」 
 なぜ連れていかれるのか、全くわからないエドワードはひきつった顔で内規兵の後ろについていくしかなかった。随分情けない顔をさらすこととなる。
 そして内規兵は入ってきたときとは対照的に、静かにドアを閉めて出て行った。
「…………」
後にはぼんやりと見ているだけの兵士達が残った。



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