■2
「少佐。SEAL、ジェームズ伍長お連れしました」
ジェームズが連れてこられたのはマルコム少佐の司令室だった。
髪を完全に剃り上げて、いかつい風貌の少佐は睨み付けるようにジェームズをみた。
「し…SEAL、α-1班伍長、ジェ…ジェームズであります!」
先ほどの会話もあり、かなり緊張して口がうまく動かない
「ヘリでの会話でありますか?」
先手をうって聞くしかない
「なに?」
「ヘリでの会話は……あれは士気を上げるためのものでして、いわば実戦に備えた補足訓練みたいなもので…決して少佐殿を何かしらの…」
「伍長」
少佐が話を遮った。
「冗談を言っている場合ではないのだよ」
「……え?違うのでありますか?」
ジェームズはほうけたような顔を少佐に向けた。
「君がなにを想像しているかはしらないが。おそらく違う」
ジェームズはその言葉に心の中で胸を撫で下ろした。
……ラッキーだ。ホントにクウェートになんか飛ばされたら洒落にならないところだった
…
………?
…………それじゃあなんのために呼んだのだろうか?
「重要な話だ」
少佐の顔は、険しい。
「今本土から通達があった」
少佐はゆっくりと、噛み締めるように話始めた。
「現在、クウェートに進攻したイラク軍を撃退するため……君達SEALの一部がクウェートに向かっているのは、知っているな」
その内容に疑問を浮かべつつもジェームズは最敬礼をして答える。
「サーイエスサー少佐殿!知っているであります!」
とは言ってもクウェートへ飛んだ彼等との面識は一切ない。クウェートに向かっているのはSEALの中でもえりすぐりのトップクラスチームだ。まだSEALになりたてともいえる在留組の自分達と縁などあるはずがない。
少佐はうなずき、続けた。
「楽にして聞いてもらっていい。……そのSEALの一部の隊員だが…前回のレンジャーとの合同作戦で連携が上手くいかず、多数の死者と負傷者をだしてしまった。……さらに今回、不足の事態で死者がでた」
……
………
…………
少佐が話にくそうに目をそらした。
………
…………あれ?
彼はこんなに遠回しに話をする人物だっただろうか?
少佐は意を決したように顔を上げた。
「理由は機密であるとして聞けなかったが、私の知り合いから極秘に話を聞けた。ここから先の話は言外してはいけない」
……ちょっと待て
なぜそんな話を
「なんでも送られて来た花が強いアレルギーをおこさせるものだったようだ。……偶然体質の悪かった者が十二名も死んだ」
……
………
ジェームズの脳裏にあの時の会話がよぎった。
「これで送ったSEALの隊員はたった二十名になってしまった……軍もこれ以上、無視するわけにはいかない」
………あ
「二日後、多国籍軍による大規模なカフジ攻略作戦が決行される。これにアメリカ海軍も参加するが……レンジャーだけでは作戦を建てることができない」
『俺達みーんな、クウェート行きですよ』
少佐が下から覗き込むようにジェームズを見た
「……大丈夫かね?気分が悪いのか?」
「………………いえ…なんでもありません少佐」
ジェームズは自分でも驚くくらいかすれた声をあげた。
いったい。この気分をどう伝えればいいんだ?
軍人が「戦争にいくのが恐いのです」など
食事が終わるとキャンプ内ではゆっくりとした時間が流れていた。テレビを見る者あり、酒をちびりちびりやる者あり。
献身的な兵士は聖書を読みふけり、
「ヤーハッ! これで勝負! ストレート!」
「残念だな」
「ぐ…ロイヤルストレート……」
あまり神に献身する気のないものは賭けポーカーに興じていた。
そんな中で
「……ありゃいったいなんだったんだ?」
フィリップは人気のテレビ番組を見ながらつぶやいた。
ずいぶんと陽気な番組で、司会者が跳んだり跳ねたりしながら笑っている。
周りの兵士達も釣られてぼんやりとそれを見てしまう。正直あまり面白くはないな、と思う。
リチャードもその一人で、やはりぼんやりと……少し弱気につぶやいた。
「ジェームズ伍長、営倉入りか……」
リチャードの言葉に、エドワードが煙草をふかす。
「バカか…なんでだよ。理由がねぇ」
彼はほとんどテレビには目を向けてはいない。タバコをすうことに集中していた。たまにチラチラと見ては、やはりつまらなさそうに目をそらす。つまらないのはテレビのせいなのかどうかわからないが。
「あーでもありえそうな話だな」
フィリップはテレビを見ながらスナックに手を出した。どうもフィリップ自身もあまり面白くはないらしい。なぜ見ているのかは、彼にもわからない理由だ。
「あんまりにも出来の悪い奴を隊内に持つと営倉もまぬがれない。とか教官言ってたし」
エドワードが少し咳き込むようにして笑った。タバコの紫煙を噴出しながらフィリップに指をさした。
「フィリップ、自虐か?」
「いや、批判だよ」
フィリップはエドワードを中心に自分以外のメンバーをアゴで指した。
「出来の悪い奴らにな」
「……」「……」
「荷物をまとめろ」
アゴで指された二人が腰を上げた瞬間、キャンプの入口が乱暴に空けられた。
不穏な音に何事かと周りの兵士達が視線を向ける。
「ジェームズ伍長!」
リチャードが叫んだ。
ジェームズはそれにはなんの反応も示さずに、自分の荷物へ向かってつかつかと向かっていく。その顔は少しうつ向き気味で……蒼白だった。
そんなジェームズに、フィリップが肩を組もうとする。……命令系統など無視の行為だが、彼らには関係ない。いつものことだ。
「なんで少佐になんかよばれたんだ?何やった?ん?」
しかしジェームズは体を逃がした。フィリップを睨みつけるように立ち止まる。
どうも機嫌がわるいらしい。
「………?どうした?」
ジェームズは黙って荷物をまとめはじめた。その様子に周りは少し困惑するしかなかった。ジェームズはそれなりに人格者だと言われるほどこの隊では親しまれているくらいなのだが。それがこれほどまでに不機嫌になるとはいったいどうしたのか。
リチャードがまるで全員を代表するかのように疑問を口にした。
「……帰るんですか?」
その一歩間違えれば間抜けともとらえられかねない発言に、ジェームズは厳しい口調で答えた。
「始めに言ったはずだ。『荷物をまとめろ』これは命令だ」
顔が良く見えないジェームズに、フィリップは面食らった。
「おいおい!俺達もか!?どこに引っ越しする気だよ!ラスベガスに行って一儲けする方が軍配金より様になるってか?」
その言葉にジェームズはピクリと体を震わせて、
そして振り返りゆっくりと、確実にかみ締めるように言った。
「クウェートだ」
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