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AM11:30


 『全部隊に入電。作戦本部よりコード『ミクスド』発令。繰り返す。コード『ミクスド』繰り返す……』




 ヘリに乗り、任務開始のコードを待っていたジェームズは、通信を聞いて後部座席に座る兵士たちに声をかけた。
『いくぞ! 舌を噛むなよ!』
 後部座席に座る兵士達は銃を握りしめながら答える。
「フーアー!」
「フーアー」
「フーアー…」
 バラバラに答えた彼等の顔は緊張や恐怖、義務感……数々の感情で歪んでいた。
 SEALだけで構成される第一部隊…任務中は「キロ」とよぶことになると通信があった…はほとんど本国から来た新兵のみで構成されるため、始めて実戦投入される者ばかりだった。
 ジェームズのヘリに乗る部隊などは完全にこの典型で、六名全員が実戦が始めてだった。
『メイ14ブラックホークテイクオフ』
 ジェームズは通信を入れてヘリを軽く浮上させた。
 ヘリのバタバタという音が僅かに変わる。ヘリポートに残っていた砂が舞い上がり、地面から十センチ程浮かんだ。そして他の四つの機体と同時に機首を右にむける。

 ヘリの群が一斉にキャンプを飛び立った。

 ぐんぐんと編隊を作りながら前進し、地面から離れていく。地面がまるで急流の様に流れていき、しだいにその地面も小さなオブジェへと縮小されていく。
 そしてそれと同時にフワフワとした浮遊感が、ぐっと重力を含んだ勢いに変わり、ヘリの兵士達にぶつかった。
「……っ」
 その衝撃に、胸が軽くながらも圧迫されて、小さく声が漏れる。
 地面へと目をむければ、小さな緑色のキャンプと、その周りを取り囲む様に敷かれたコンクリが見えた。それ以外はただただ砂漠が広がっている。
 ……いや、上空へと上がることによって視界が広がっていく。ちょうど機首の方向へと目を向けると、やはり小さくだが、大小の建物の連なる街が見えた。
「あれが目標のある街か? 意外に近いな……」
 後部座席に座る、先ほど怒鳴って返したエイバーは向かいに座るマーチンへ顔を向けた。マーチンは手にしていた聖書をゆっくりと目線から外す。エイバーをチラリと見てから窓から外を見て、見えた街に目を凝らした。
「……あの中のどれが目標の建物なんだ?」
 数が多すぎてわかりやしない。とマーチンはぼんやりとした表情でつぶやいた。それは答える者などを必要としない疑問だった。
 エイバーはそれに答える気があるのかないのか、「さあな」と呟きかえし、指を街へと向けた。
「……見ろよマーチン。火事か? 煙が巻き上がってやがる」
 街にはなぜか各所で煙が巻き上がっていた。それも一つや二つじゃない。
 その黒い煙へと猛スピードで近づく、ヘリの激しい揺れを感じながら二人は誰に言うでもなくつぶやいていた。
「気味が悪い」



 そんな後ろの会話を聞き流しながらジェームズはヘリを進ませていた。
「……」
 どう言い表せばいいのだろうか。この感情を理解できる人間がどこかにいるのならすべて吐き出してしまいたい気分だった。

 彼の視線の先にはエドワードがいた。

 ジェームズのヘリの僅かに前を飛ぶヘリの後部で、入口から足をブラブラとさせてエドワードはいた。
 彼は何も言わなかった。当然無線があるのだから話は出来る。それをしないのは話すべきことが無いからだろうか。
「……」
 いや、話すべき事の言葉をもたないのか。
 ただ視線が交錯するだけだ。
『残り5分だ!』
 無線から大佐の声が響いた。周りを見るが、大佐らしい姿は目に入らない。どうも自分達よりかなり高い所を飛んでいるらしい。
 視線をエドワードに戻すと、彼はもうジェームズを見ていなかった。前を見ていた。一体何を思い、考えているのか。ジェームズには計りかねた。頭も体もぼんやりと霧がかかっているようだった。
 ひどく体が遠い。
 自分の体じゃねぇみたいだ…
 まるで遠く離れた所から自分が体を見つめていて、全くの他人が自分の体を動かしているようだった。
 腕の動かし方すら忘れかけている。いつもはどのように動いていたのかと記憶の渦の中を覗きこんだが、そこには底無しの暗闇があるだけだった。
『残り三分!』
 無線の声が響いた。


 エドワードのヘリは随分と静かだった。
 いや、実際には騒がしいはずだ。事実、ヘリの駆動音はバラバラと騒がしく、重い重低な騒音を立てている。
「……」
 静かなのは彼の思考だ。彼の耳にはキンとした耳鳴りが張っていて、なぜか妙に静かだった。
 唯一、耳につく鼓動音だけが響く。
 心臓は馬鹿みたいに動き回っていた。一鼓動ことに銃を握る指がピクリピクリと動くほどだ。
「……天にめします我らが神よ」
 ギュッと銃をにぎりしめた。目線は街へとそそがれる。
「……我に、力を」
『一分だ!』


「我に、力を」


「エドワード……大丈夫…か?」
 ふと、肩に手を置かれた。振り返るとリチャードがひどく弱々しい顔で自分を見ていた。
「……大丈夫だ」
『ヘリ降下開始!』
 ヘリが離陸したときとは逆にスピードを上げながら降下していく。小さなオブジェは見る見るうちに大きくなっていき、作戦説明で見た地図そのものになっていく。地面はそれに合わせて急流の様に流れていった。
 それを見ながらエドワードはリチャードに強い口調で話した。
「生きて、帰るぞ」
 ヘリは一際大きな茶色い建物……兵士達のミッションの『舞台』となる上空で完全に空帯した。
 ヘリの中にいた軍曹がロープを外にけり出した。ロープシュルシュルと地面に落ちる。


『行けっ GO! GO! GO! GO!止まるな! 行けっ』

 リチャードが頷くのを見るか、見ないかの瞬間でエドワードの耳にやっと音が届いた。
 ヘリのプロペラの、鉄板を金づちでおもいっきりぶっ叩いたような音が久しぶりのようにエドワードの耳をぶん殴った。
 それを振り払うかのように銃を肩にかけ、エドワードはロープを握った。
「神よ! 我に力を!」
 そして一気に滑り降りる。



AM11:45

『目標への攻撃開始。繰り返す、目標への攻撃を開始しろ。第二、第三部隊はキャンプを離れて作戦を開始しろ。目標への攻撃を開始。第二、第三部隊は……』




「周囲を確保しろ! 360度だ! いけ!」
 次々と降下する兵士達の先頭、エドワードはヘリの上の軍曹の言葉通りに、左や右に銃をすばやく向けながら周りの確保を開始する。
 建物の右側に大きな道がある以外は、建物に囲まれているその目標は、やはり地図で確認したとおり、二階建てで、ぽっこりと階段を雨風からしのぐ屋根が飛び出ている構造の屋上になっていた。その屋上を銃を構え、走りながら周囲の安全を確認する。
 降りてくる兵士兵士が同じく周りの状況を確認していく。バラバラと騒ぎ立てるヘリの音と、舞い上がる砂と共に。
 屋上を確認したら同じ高さの隣の建物、建物と建物の間、各所にすばやく銃を向ける。
『クリア!』
 最後に軍曹が降りたのを確認すると同時、にエドワードは無線をいれた。周りの兵士達も警戒しながらクリアの通知を軍曹に入れていく。
 しかし軍曹が最後に確認を入れようとしたとき
『階段へ民兵!』
 鋭い声が飛んだ。
 直後にバズンと重い炸裂音が連続した。さらに地面が爆ぜる甲高く、短い音。
「11時の方向!」
 道路を確認していたエドワードが軍曹の言葉と銃撃音に振り返ると、まるで普通の服を着た肌の黒い男達がアサルトライフル…AKを階段を守る屋根の入り口に隠れて乱射している。飛び出た弾は明確な狙いをもって兵士達の近くに着弾していた。
 『撃て!!』
 エドワードはすぐに中腰になり銃を構える。爆ぜる地面の音を聞きながら、民兵達とは比較にならないほど正確な狙いをつけ
 
 引き金を引いた。

「アぁぁぁぁーーーーーーーーーーーー!!」
 バババンッと三連続で弾が飛び出し、直後に民兵の首から顔にかけて血が噴出した。

バンッバババンッバンバンバババババババッバンッバンッ

 さらにまだぴくぴくと動くその男に向かって弾が飛び交った。銃撃がとんでもない勢いをつけて彼の体に突き刺さって、そのたびに血が噴出す。周りにいた兵士達が撃ち続けているのだ。
『撃ち方やめ! やめるんだ! 撃つのをやめろ!!』
 軍曹の怒鳴り声に兵士達はパラパラと撃つのを止めた。
 まだ一人しか殺ってないっ!引っ込んでるだけだっ!
 その思いを込めて軍曹を見ようとすると、すぐに指示が飛んできた。
『グレネードだ! 放り込め!』
 今度は一人がしゃがみながらグレネードをドアの中へと投げ込んだ。
「フラグアウト!!」

バガッ

 とんでもない音と共に中から黒い煙があがった。……グレネードが爆発して金属片を撒き散らしたのだ。映画のような派手な爆発はない。だからこそその効果は恐るべき威力を持っている。
 中にいた民兵達は全員死んだか。
「いけッ! 突っ込むんだ!」
 中腰で警戒しながら走りこみ、兵士達が階段への入り口に殺到した。
 中には首から血が噴出している虫の息の男が一人と、体の各部が吹き飛んでいる死体が転がっていた。
「―っ!」
 一瞬息が止まる。そこに軍曹の怒鳴り声が飛び込む。
『ビビるんじゃない! いくんだ!』
 銃を握り締めてエドワードは暗い階段を駆け下りた。
 電灯など存在しない階段。人が二人通り抜けれれば十分な広さで、長さはそれほどない。下向きへと斜め一直線に伸びているそこを、死体を踏みしだきながら走る。兵士達は自然とエドワードに続く形となり、一列となって走りこむ。
 そして左からもれる光の元、おそらく広い会議室へと続く扉のない入り口の真横の壁に張り付く。
 いきなり入って敵がいたら…一発だ。
少しだけ乱れた息を整える。
―頼むぞ
バッと一瞬だけ顔と目をその会議室へと向けた。

「……クリア!」
 
 そこには誰もいなかった。
 妙に静まったその広い会議室に、エドワードを先頭に兵士達はゆっくりと足を踏み入れる。
 縦に長い机を中心に部屋が構成されているらしく、ひろい。窓がなく、支柱以外にその部屋の中を隠すものはない。かなり開放的な、いかにもアラブらしい建物だった。
 
 歩くブーツが硬質的に響く。

 兵士達の銃口は自然と自分達とは向かい側にある入り口へと注がれる。
 エドワードはすぐに引き金が引けるように緊張する指先を少し動かした。
 その彼に早足で近づいたリチャードは、銃口を入り口に向けながら話しかけた。
「どこに戦犯者がいるんだ」
エドワードは首を振った。
『移動だ』
 軍曹の言葉にエドワードは向かいの入り口へと向かう。
 入り口は右へ曲がる構造らしく、正面から見るとただの壁しか見えない。
 ゆっくりと近づく
 やはり敵から見て死角となるように体を隠しながら右奥を確認する。

 敵は……いない

 その奥へと目を向けると外の光が漏れている。出口があった。
「軍曹……外に出てしまいます」
『…………かまうな、行くぞ』
 軍曹の言葉にエドワードはうなずくと、すばやく出口へと向かっては走りこむ。
『メイ11より本部、建物内に目標はいない。どうなっている』
 軍曹の通信を入れる声を後ろに聞きながら、エドワードは入り口の壁に張り付いた。
 その後ろに続いたリチャードが顔を渋らせながらつぶやいた。
「エドワード……何かへんだ」
「わかってる」
 エドワードは彼を見ないで返事をした。そして左右に伸びる道路を確認するためにしゃがみこむ。さらに何か言いたそうなリチャードをさえぎって、手の動きと合わせて説明した。
「お前は右だ。俺は左、敵がいたらそちらに加勢。いいな」 
 リチャードは少し詰まって、そして不満そうな顔をしながらもうなずく。
 エドワードはゆっくりと指を三本立てた。スリーカウントで飛び出せということだろう。
 ついでに呟く。
「いいか、生きて帰るんだぞ」
 指を二本に折った。
「……ああ」
一本。
「いけ!」
 カチャリッと銃が音をたてた。
 リチャードの見る広い道路に、敵の姿は見えなかった。しばらく銃と共に視線を左右にふったが、やはり敵は現れない。
「クリアだ、エドワード」
 振り返ってエドワードを見ると彼もゆっくりと銃を左右に振っていた。
 しばらく彼はそれを続けていた。
 リチャードとエドワード、両方の後ろで、建物の中で待機している兵士達が固唾を呑んで見守る。
「……クリアだ」
 そしてゆっくりと振りかえった彼に、兵士達は軽く息を吐いた。
 エドワードは疲れたように呟いた。
「ったく……ガゼネタじゃねえ―」

バヒュン

 その瞬間、先程聞いたばかりの音がリチャードの耳もとを通り過ぎていった。

「……え」
 疑問の言葉を口から出したのは

ブシャアッ!!

「―ッ!! エドワァァァァーード!!」
 エドワードの体が倒れこんだからだ。
 彼の頭を銃弾が貫通して、そこから噴出した血がリチャードの顔に飛びかかった。


 バズンバズンという重い音が連続して響き、リチャードの周りにキュインッと言う音共に連続して弾が着弾する。後ろで隠れていた兵士達が銃を構えて撃った。
「くそ! あそこだッ!! 向かいの建物屋上!」
 彼らの隠れていた建物の向かい側、周りの建物と比べ、僅かにちいさなそれの屋上からずらりと並んだ数十人の男達がAKを乱射していた。
 無数の弾が兵士達へと向かって飛び込んでくる。
 着弾音、地面が爆ぜる音、反撃するバースト射撃音、辺りは騒然となった。
 リチャードはその中でエドワードを仰向けにさせて、穴の開いた頭部を、何とかしようとひきずっていた。
「メディック! メディィィク! 畜生ッ エドワード! しっかりするんだ! エドワァァード!」
 ほとんど叫びに近いリチャードの声は、仲間達の手によって遮られた。服を引っ張られて建物の中に引きずり込まれる。
「リチャード! さがるんだッ! リチャード!」
「畜生ッ! 畜生ぉぉぉぉ!!」
 銃撃音に混じったその叫びは、エドワードには届かなかった




AM11:57

『メイ11より本部へッ! 仲間が負傷した! 一名が負傷! 繰り返すッ一名が…………一名が…死亡! ロル11一名死亡だ! エドワード上等兵殉職! クソッタレがッ聞こえねえのかバカ野朗! 一名が死亡! 繰り返す……』

 

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一個前です

自作です

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