■3
戦場に来たんだ
クウェートに来て十六時間。既にそれだけの時間が流れたというのに俺の中にあるのはそんなくだらない感情だった。
いきなり輸送機にぶちこまれて5時間。ぶっ通しで飛び続けてクウェートキャンプに着いたのは早朝とも深夜ともいえない時間だ。
「……作戦内容については公開することができない。これは私の権限ではどうにもならないことだ。……わかってほしい」
ジェームズの言葉に半信半疑ながらも荷物をかたずけて向かった司令室で、俺達を含む数十人を相手にマルコム少佐は開口一番そう言った。
「本当にク……ウェートに向かうのですか?」
ジョークをとばされたとしか考えられなくて、『サー』もつけずに聞き返した自分の言葉こそ司令には
「……そうだフィリップ一等兵。君達はこれから『クウェートに行くんだ』」
ジョークに聞こえたのだろう。
「…………サー……イエスサー」
敬礼した姿は、ひどく情けなかったに違いない。
その時の俺の頭の中には母親に連絡をつけることしかなかった。
『死ぬかもしれない』と。
ハイスクールを出てからもう四年。その間、まともに会ったことすらなかったのに。ただ、そればかり頭に浮かんでいた。
結局、極秘の内に進んだ作戦だったがために母親とは連絡一つ出来なかった。
座っていた俺の顔に、風で舞い上がった砂が当たった。
さらさらとした砂が、払われなくとも自らの自重で落ちていく。
俺は顔をあげた。
バカみたいにまぶしく光り続ける沈みかけの夕日と、延々と続く砂漠。常人なら一週間で頭がどうかなるだろう。なにしろここにはそれ『だけ』しかないのだから。
それ『以外』を見るときは戦場に出るときだ。
俺は砂漠を見るたび、正直びびってる。ここを離れたら戦場なのだ。砂漠は、「お前は本当に戦場に来たのだ」とささやく。
周りは砂漠だらけだ。
ここのキャンプに着いたとき、意外に感じたことがある。
ここにいる兵士は皆、一度は戦場に出た兵士なのに、あまりに柔和な印象だった。夜中には床につき、明け方には起き出して訓練を開始する。
普通の人なら不思議に思うだろうが、戦場でも訓練はする。しかも自主的に。生き残る為には訓練しかない。皆、必要性があって訓練する。本土ではほとんど惰性でやっているにも関わらず。
逆にそれが無くなった時はそれだけ切羽詰まった状況なのだ。
そして彼等は訓練をするとき、あまりにも緊迫感のない顔をしている。これが歴戦の余裕なのか。
それに比べて、俺達は切羽つまりすぎで、そしてあまりにも覚悟がなさ過ぎのようだった。
昨日は着いて、話を聞いて、寝た。実質睡眠時間は三時間だが、ここの少佐には『健康そうに寝ている』と言われた。ここにいる兵士は戦場に出た日は寝ないのだそうだ。健康そうに寝ること、それ自体が新兵の証なのだと。兵士には休息はめった与えられない。休息は自らが上手く見つけるしかないのだ。休息があるのは新兵だけだと。
「ただ休息を与えられる時がないわけではない」
そう言って少佐はパーティージョークを言うような口調でおどけた。
「銃が握れなくなった時か、死んだ時だよ」
少佐のおかしそうに笑う顔を見て、俺は昨日の混乱も手伝ってぼんやりとした頭で思った
「ここは戦場なんだ」
と。
「銃が握れるなら、いくら撃たれても、戦え」
きっとそれは暗にこういう意味でもあるんだろう。
合衆国兵士の「星条旗の為」精神は、戦場では容認されているようだった。
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