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 砂漠の砂の感触に慣れ始めたのはいつだったか。確か二回目のミッションのときは吐き気がするほどだったのは覚えている。砂が目や鼻や口に入り込んで不快なことこの上ない。食事の時まで口の中がジャリジャリと音を立てるから、食前のマナーは手を洗う前に口をゆすぐのがセオリーだった。
 とはいえ結局はいつの間にかその生活にも、砂の感触にもなれていた。砂漠で戦うには砂に慣れるのが絶対だということもその時、同時に悟った。
 昨日来た新兵達は明日ミッションだという。
 パンッ

 軽い炸裂音と共にエバンスの肩に軽く殴られたような衝撃がきた。これにも大分なれたもんだと満足げに彼は肩をさすった。
「軍曹!大当りだ!ドたまに一発!」
 見ると、黒い肌の巨体の男が大声を上げて手を振って、ニコニコと笑っている。彼の手前には射撃用の黒い人の形をした的があり、その頭にあたる部分にはに一発、小さな丸い穴が空いていた。
「コイツで最後なんだよな軍曹!」
 いい加減帰ってもいい時間になっても訓練を続けるエバンスに、キャンプから迎えに来た黒人の男ボブ……は叫んだ。
知らないうちに日も傾きかけている。……ここらで最後にするか。
「もう10時間はぶっ通しでやってるんだ!そろそろ皆飯食いにいってる!休まないと体がもたないぞ!」
 確かにこれで10時間くらいか。
 しかしエバンスはその言葉には全く反応せず、ゆっくりと身を起こした。
 今まで撃っていた、長いバレルもっていて、銃口の下にランチャーを取り付けてあるライフルを地面に投げ捨てる。
 そして腰から拳銃を引き抜いた。
「…………え?」
 エバンスはしっかりと両手を添えて黒く艶消しされたそれの引き金を

 バズンッ

 引いた

「のぉうわ!!」
 うそだろ!?
 話しかけながら的の前に出ていたボブは、必死にその巨体を地面に放りだした。その頭の上をヒュンととてつもない音が通り過ぎる。

バズンッ

バズンッ

バズンバズバババババババババババ…

バズンッ

 撃てるだけ撃ちつくした後、エバンスは構えを解いて、少し背伸びをした。
「……ふぅ」
 エバンスが近づきながら撃った弾は正確にボブの頭の上を通って的の随所に当たっていた。
しばらくの沈黙がつづいてから、ボブはキョロキョロしながら頭を上げる。
「…………軍曹!!あんた俺を―」

バズンッ

「うおほい!?」
 意味不明な叫びとともにボブは頭を下げ、その上をヒュンと弾が通り過ぎていった。
「……ジャムった時はコイツが頼りだからな。締めはコイツって決めてんだ」
 エバンスはボブとは対象的にニヤリと笑って拳銃に弾倉をたたきつけた。
「…………」
 ボブはあまり上手く笑えたか自信がない。


「新兵どもはどうしてる?」
 エバンスはキャンプに戻って食事にとりかかる。
 既に食事の時間からは大分すぎていたから、配給食の受取場はすいていた。銀色の缶型、箱型の入れ物に肉やスープが放り込まれている。配給食という割りにその味はまあまあと言ったところだ。
「あんな感じで」
 他の兵士と同じように食事は済ませていたボブはラッキーホープを取り出し、そこから煙草を指に挟みながらキャンプの一角を指した。
「……ぉぉう」
 そこにはがやがやと騒がしく食後を楽しんでいる現地兵士とは対照的に、静かに座り込んだりうろうろしている兵士がいた。それぞれバラバラの動きをしているにもかかわらず、動きの目的は一つだ。
 要するに『意味もなく』。
「……全日訓練は?」
「済ましてあんな感じだ」
「……まぁそんなもんだよな」
「特にアイツ……あの地面に座り込んでいる奴だ。今朝も同じ場所でああしてた」
「…………そうか」
 エバンスは軽く手を上げてボブから離れた。
 食事をのせたトレイを持って座り込んでいるそいつの横に座った。
 しばらく食事を載せたトレイをどうするかでなやむ。結局体育座りをして、そのひざの上に置くことに安定した。
……
……
……悩んでる間に話しかけてくるかと思ったが、座り込んでいるそいつは一切反応しない
「戦場に来て怖いか?」
「…………!」
 エバンスの言葉に隣に人がいることを始めて認識したらしく、そいつは驚いたように目を見開いた。
「名前は何て言う?」
 エバンスは食事をしながら、そいつとは目を合わせずに言った。
 そいつはしばらく黙って、何も考えていないような顔を沈みかけの夕日に向けてつぶやいた
「…………怖くはない……です。よくわからないんです。やり残したことが多すぎて。……名前は……………………名前は」
 そいつはそのぼんやりとした顔を、夕日からエバンスに移した。
 エバンスが目を合わせると、彼は少し笑った。

「フィリップ」

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一個前です

自作です

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