■6
どこまでも続く砂漠。
その先にある地平線から、眩しい程の日の光りが顔を出した。その日の光りは、砂漠中に広がっていく。
そして砂漠の中にある兵士達のキャンプにも、光はやって来る。
望む、望ざるには干渉せず。
「グッモーニングソルジャー」
日の光りは、キャンプの入口から一メートル足らずまでしか入ることができなかった。その先には、僅かな光りのみしか存在しない薄暗い世界が広がっている。
テント内は極力光りが漏れないように、光源がつけられてはいなかった。
「サー! 少将殿! グッモーニング! サー!!」
その薄暗い中では男達が、綺麗に整列して、一人の男に最敬礼をしていた。
六名八チームが二つ。総勢九十六名。
アメリカ海兵隊特殊部隊SEALと陸軍特殊部隊レンジャー達だった。
その彼等のいるキャンプの中は、相変わらず雑然としている。
輸送されてきたボックス、コップ、食器、歯ブラシ、聖書、トランプ、煙草……その、いつも通りの情景の中で唯一、不自然にポッカリと空いている空間があった。
何かを縦に立て掛ける為に設置されているその空間には、赤い文字で注意書きがしてあった。
『Please multiply the safety device and maintain all
magazines in my bulletproof jacket. Please maintain it
before it puts it away to shoot it soon in the emergency.
Please do after it looks up at the superior officer's
instruction when using it …… However when the duty
begins this section is omitted …….(安全装置を掛け、全ての弾倉を自分の防弾チョッキの中に保持していて下さい。緊急時にはすぐ撃てるように、しまう前に整備を行って下さい。使用時には、上官の指示を仰いでからにして下さい……ただし任務開始時にはこのセクションを省略して……)』
兵士達の手には、普段は立てかけなければいけない、それが握られている。
殺す、それに特化した存在。
黒光りする、銃を。
「私から君達へと伝えることはほとんどない。君達には今まで訓練してきた事を発揮し、任務を遂行して、生きて帰ってきてもらいたい」
僅かに白い髭を生やし、サングラスをかけたた少将はそれだけ言うと黙り込む。
彼はしばらくかける言葉を探す様に、兵士達の顔を見渡した。
そしてサングラスをゆっくりとはずし、ノドの奥に何かが詰まるっているかのような口調で話した。
「君達の幸運を祈る。生きてここまで帰る事を頭の中にしっかり入れておいてくれ……フーアー!」
「フーアー!」
兵士達が掛け声を返すと、少将はきびすを返して、異変が悟られないように故意的に暗くしたキャンプの奥へと去っていった。
「部隊長は作戦企画テントへ! 他の者はミッションの準備にとりかかれ!」
現場指揮をヘリからとるという大尉が叫ぶようにして号令をかけると、整然と整列していた兵士達は、素早い動きでそれぞれの場所へと向かって行く。
「ツイてないな」
その中に混ざっていたエバンスは、キャンプ入口から、向かって東側にある作戦企画テントへ向かう為に入口へと向かいながら呟いた。
「え?」
一方集合場所とも使用されるキャンプの入口から向かって西側にある、ただっ広い訓練場に向かう為に同じように入口へと向かうフィリップは、その言葉に疑問付を浮かべた。
「いや、何?……少将があんなふうにつまるのなんて見たことなかったからな…」
エバンスは「あ〜あ」と残念そうに息を吐いた。
その表情には変化はないが、口調は随分沈んでいる。
「……どういうことですか!?」
キャンプの入口を出て、別れる直前で気になったフィリップは声を張り上げて聞いてみた。
あぁん?とエバンスは答えた。
「ジンクスだよ」
頭をガシガシとかきながら振り返った。
「生きるか死ぬか、あの少将にかけてんだよ」
「…………」
エバンスとフィリップは同じチームに所属することが昨日の内に決まっていた。
それを幸に思ったのは間違いだったのだろうか。
「紙とペンをやろうか?」
就寝前、『一応』仕切を作ってあるだけの、狭い部屋の中。ギュウギュウに四人が、一 人部屋につめられている中に、フィリップとエバンスはいた。
コンクリの床に布を引いただけの寝床の前で、フィリップに紙とペンをひらひらさせながらエバンス聞いていた。
「……何に使うんですか?」
既に周りの人間は寝ていることから、声はかなり絞ってフィリップは答えた。
エバンスはなぜか、つまらなさそうな顔をしていた。
「……別に、なんでもない。ただ俺の始めての実戦の時には必要だったからな」
エバンスはそれからしばらくブツブツ言い続けて、「せっかく同じチームのよしみで…」とも呟いた。
「……同じチームだったんですか?」
「なんだ」
エバンスは拍子抜けしたような、力の抜けた顔をフィリップに向けた。
「知らなかったのか?」
「まだそんな話は出てなかったッスから」
エバンスは「ふ〜ん」と、自分から聞いておいて、興味なさそうに唸った。
「まぁ、いいや」
それからもう一度紙とペンを取り出した。
「本当にいらないのか?」
フィリップは呆れてそのまま寝床に着いてしまった。
結局あれはなんだったんだか……
紙とペン。……遺書でも書けと言うのか。しかし、それでは昨日の話と矛盾するではないか。
フィリップがそんな事を考えながら歩いていると
「……?」
遠くに見知った顔を見つけた。
「ジェームズ?」
よく目を凝らして見てみると、やはりあの気の強そうな顔はジェームズだとしか思えなかった。
どうもヘリポートへ向かう気らしい。周りの雑然とした中に混じった彼の姿は随分きびきびしている。
ふと、ジェームズがこちらを向いた。
「ジェームズ!!」
フィリップが大声を上げると、ジェームズは驚いた様に目を見開いた。
「…………」
しかし、その刹那の後には、彼はただ、フィリップ見ながら歩くだけだった。
ゆっくりと
歩く
フィリップもなぜかそれ以上はなしかけることが出来なくて、ただ黙り込みながら数十メートル離れたジェームズと同じようにただ、歩くだけだった。
視線がゆっくりと、離れていく。
明るい日の光は、しかしながら彼らの目元までしか照らすことが出来ず、僅かに目を細めている彼らの感情までは照らせない。
フィリップの心臓は、なぜかその瞬間、ひどく跳ね上がっていた。
その原因はわかっていた。
『恐怖』だ。
緊張とも言い表すのかもしれないそれは、体の奥底から、冷水にジワリジワリとつけられていくかのような感覚をフィリップに与えていた。
「ミッションの説明を行う」
作戦企画テントとは名ばかりの、砂漠の風と、嵐のためにボロボロになった布を四つの鉄の支点にかぶせてあるだけの設置テントの下、長い楕円形をした机を数人の男達が囲むように集まっていた。
「…………」
男達の中にはエバンスもいる。
その机の先、中心となる場所には、少将が腕を組みながら睨むように男達に口を開いていた。
「今回のミッションは戦犯者の逮捕を目的とする。……まずはこの地図を確認しろ」
少将は自分の後ろにあるブラックボードに貼り付けてある地図を指差した。印刷されたばかりの白と黒だけのシンプルな地図だ。
地図はいくつかの建物がまばらに存在するもので、大きさはすべての建物がバラバラだった。だが、建物の位置はそれなりの統制が取れており、大きな主道を中心に左右に建物が存在している。さらにその主道は、北進すると十字路に突き当たっていた。
「この、南から北へ向かう主道を中心に、建物が存在しているのはわかるな?」
少将はゆっくりと人差し指を、地図上を移動させながら説明していく。
「そしてその先で……西から東へ向かうさらに大きな主道と十字路を結んでいる。ここを東へ曲がり……しばらく行ったところが目標だ。」
少将はコンコンとその建物を叩いた。地図上では一際大きな建物で、ぽっこりと屋根つき階段が飛び出ていた。ちょうど学校の屋上にあるアレだ。
また、大きいと言ってもその地区は高級職専用の敷地なのか、目標の建物以外でもそこそこ大きな建物が目立つ。
「ここに戦犯者が二十四名潜伏していることがこちら側のスパイによって確認されている。全員がそろう時間はほとんどなかったので、手をこまねいている状態が続いていた。だが」
少将は机の上に散乱していたコピー紙から一枚を取り出した。
「一週間前、今日この目標の建物で重要戦犯者全員が揃って行われる会議があることをスパイが掴んだ。……これがその書類だ」
「少将殿」
少将が書類をブラックボードに貼り付けたところでエバンスが右手を上げた。
「……どうした軍曹?」
「昨日来た新兵の話では、彼らは『カフジ掃討作戦』に参加するために来たと話していますが」
エバンスは目を細めながら遠慮なしで、つぶやくように言った。
少将は僅かにエバンスを見る目に力を入れた。
「我々には時間がなかった。いちいちこの作戦を説明している暇はなかったのだよ」
「では、この作戦が極秘でおこなわれる理由はなんなのですか。」
無表情に質問をしたエバンスに、少将は一言一言をかみ締めるように言った。
「……それは極秘事項だよ、軍曹。君はこの作戦に意義があるのかね?そうならば外れてもらってもかまわないのだが?」
そのいやみたっぷりの言葉にエバンスは「なるほど」とつぶやいてから、軽く肩をすくめた。
「……意見が出ないのなら、ミッションの説明をつづけたい」
男達を再び睨みつけるように見た少将は誰も手を上げないことを確認すると、再び口を開いた。
地図にペンで矢印を書き込んでいく。
「まずヘリでこの建物にSEALの第一部隊が襲撃をかける。その間に、この……南から北へ向かう主道をSEALの第二部隊が制圧。最後にレンジャーがハンビィーとLAV-25歩兵戦闘車で目標へ突入。戦犯者二十四名全員を回収後、速やかに撤退。ヘリはミニガンを装備した攻撃ヘリ四台、ブラックホーク設置型バルカンを装備済み四台。車両はハンビィーを五台、LAV−25歩兵戦闘車が二台だ。アパッチの要請も行ったが小規模な戦闘に使うよりカフジ攻略に使いたのが本音らしい。断られた。部隊構成だが……第一部隊をSAELで六名四チーム、第二部隊をSAEL、レンジャー混合で六名六チーム。第三部隊を六名八チームだ。昨日のうちに顔合わせは済ましてあるはずだ。それほど戦闘に支障が出るとは思わないが、ここへ初めてきた新兵が多い。既にミッションをいくつか行っている君達には踏ん張りどころだ……頑張ってくれ」
「以上だ」と少将は男達を見回しながら言った。
「この任務の最重要点は戦犯者の『逮捕』だ。交戦協定を守れ、人質を取るな、極力一般人を巻きこむな。逮捕して、撤退することだけを考えていけ」
少将はそう言った後「後は各自別個で作戦の説明がある」と補足し、一口置いてあったコーヒーを含むと、男達を監視するようにそのまま黙り込んだ。
睨まれた兵士達は少少困惑しながら顔を見合わせた。しかし、すぐにブラックボードに集中する。
―少将は気になるが、任務内容のほうが重要だ。なにせメモ帳すらないのだ。
……
…………
…………
沈黙がしばらく続いた。
その場にいる誰もが作戦の確認と、概要を掴むことに集中していた。
「……生きてここへ帰ってくる」
その沈黙をエバンスの呟きが静かに崩した。周りにいた隊長兵士達が驚いたように彼を見る。
彼は苦しそうに歯を食いしばっていた。
「お前達も、その事を忘れるな」
そうしてつぶやいた後、エバンスは少し、自分のつめをかんだ。
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