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 ただっ広い訓練場では、砂と目標となる黒い的ぐらいしか無い。
 普段と違うのは、集まった彼等が手に持った銃を一切使わずに、静かに整列しているところだった。
 レンジャー部隊の現場指揮をとる小太りの(とは言っても筋肉でそうなっているのだが)大尉は、自分の前に整列している兵士達に怒鳴り付けた。
「ミッションで使う銃器の説明を行う! テメェらの頭ににへばりついたオムツを俺が取ってやるんだ! しっかり聞けよ!!」
「サー!イエッサー!」
 集まった数十人の男達は怒鳴るように答えた。
 それを見ながら大尉は思う。

―威勢だけはいいな。

「まずはコイツからだ……よこせ」
 大尉は兵士の中の一人から銃をむしり取ると、その安全装置をはずした。
 黒いアサルトライフルで、細身の銃身をしている。銃口から手元まで段々と太くなっていて、構えた時ちょうど左手で支える部分には穴が空けられている。さらにその下の部分には、人の腕くらいの太さの筒が装着されていた。
 大尉はガチャガチャと弾倉を取り外した。
「M203擲弾発射器付きM-16アサルトだ。装填数は三十発。」
 ガチャンッとまたその弾倉を装着した。
 次に銃身横にある、まわすタイプのスイッチをいじりながら兵士達に見せた。
「この切り替えスイッチは安全装置も兼ねていて、切り替えるとバーストと……」
 大尉は片手で構えて

バババンッ

 その状態から、いきなり銃をぶっ放した。

 撃たれる!?と感じた兵士達の「うわっ」と反射的に頭を下げる前を、弾が三発、連続して一瞬の内に通りすぎていった。

―いつものように撃つのと、撃たれるとは全然違うぞ

大尉は笑顔で兵士達を見る。
 兵士達は驚いて、頭を伏せながら、大尉の顔を目を見開いて見た。
 そしてその顔が笑っていることに気づくとサッと顔を青くした。
「……シングルの切り替えが出来る」

バガッ

 大尉は、兵士達の一連の流れなど一切無視して、説明を続けていた。
 今度は弾が一発、兵士達の前を通り過ぎて行った。
「ついでに擲弾発射用の照準を叩き上げてっ!!」
 大尉は銃身の上の部分にある三角形の照準をあげて、横のスイッチをいじくった。
 ビーンとバネを弾いたような音がすると、銃口の下にある擲弾発射器から黒い塊が飛び出す。

……
……

ボズンッ

 腹にくる音がすると共に、遠くにあった黒い標的に無数の大小様々な穴が開いた。
 中には完全に首が吹き飛ばされているものもある。
「…………」
 いきなりの出来事に、兵士達はぼんやりと下げた頭を上げるぐらいしかできなかった。
「それからコイツ……」
 大尉は銃を投げて兵士に返すと、今度は自分が肩に担いでいたゴツイ銃を地面に設置した。
「M-60D機関銃だ。引き金を引いたら引いただけ弾は出てくるぞ。装填数は二百発」
 かなりゴツイ銃で、銃口以外は全て太い。全体的には格ばった印象で、銃身の横からは弾が連なって垂れていた。
「ランボー知ってるだろ?アイツが馬鹿みたいに撃ちまくってるアレだよ」
 その言葉に兵士達がひきつった笑いをあげ―

バババババババババババババババババババババッッ

「うわあ!」
 ようとして、やっぱりいきなりぶっ放した大尉のせいでビクリと頭を下げた。
 全弾撃ち終えた大尉は腰に手を当てて呆れたように顔を渋らせた。
「なぁにビビってんだ」
 銃を肩に担いで場所を移動し始めた大尉は、兵士達のケツを蹴り飛ばした。
「いつも撃ってんだろうが」
そうだ。
 いつも撃っているのにも関わらず、なぜ自分達が怯えなければいけないのか、兵士達自身がよくわかっていなかった
 ―まったく、こいつらは何をやっているんだか。
 そんな自己嫌悪にも似た彼らの姿を見て、大尉はやはり、説教の必要性を感じた。
 二年も前、PKOの派遣先で自分もされたように。

 『……士気とは、戦場では重要な地位を占めるものなのだ。生死と士気は、まったく同じものだととってもいい。士気が下がれば死ぬ。上がれば生きる』

…まあ、いい。どうせそのために自分はココにいるのだ。
「ひとついいことを教えてやろう」
 大尉は機関銃を両手に抱きかかると、いきなり空に向けて高く手を掲げた。
 また!?
 とびくっと体をひかせた兵士達を尻目に、大尉は馬鹿でかい声で叫んだ。
「ビビッたら、怖くなったら叫べ! フーアー!!!」
 …………
 しばらくの間、兵士達の耳をふさぐ姿と、バカみたいに叫び続ける大尉の姿がキャンパスに描かれたように止まっていた。
 大尉はチラリと兵士達に振り返った。
 「どうした?」
 …………
―「どうした?」って…
 どう答えればいいのか。兵士達は伏せながら考える。
 大尉はとにかく叫ぶだけだった。
「叫べよ! フーアーーーー!!!」
「……フーアー!」
「もっと叫べ! フーアーーーーー!!!」
「フーアーーーーー!!」
「もっとだバカ! フーアーーーーーーーー!!!」
 大尉は、二年も前、PKOの派遣先で自分もされたことを兵士達にただただ行わせていた。
 
 そういえば自分に士気という存在を教えてくれた人は、死んだのだった。
 彼の士気は、その時高かったのか、低かったのか。 


 彼は一休みすると、またでかい声で叫んだ。
 兵士達も呆れたように合わせて叫ぶ。
 
 ―ただバカみたいに叫んで何が悪い 
 
 この中で何人が無言で帰ってくるかなど、考えたくはないのだから。


「ヘリについては説明しなくても知り尽くしているよな!?」
 遠くから地上部隊がバリバリと撃ちまくる音を聞きながら、ボブはその音に負けないように声を張り上げた。

 ―ビビるな、恐れるな

「ブラックホークを知らなきゃそいつはSOFですらねぇ! 輸送に特化したコイツと」
 ガンッと乱暴に真っ黒なヘリを蹴った。
「生きてここに帰ってきたかったらテメエの目をヘリの目にしろ!」
サーイエッサー! とボブの周りに集まった兵士達は敬礼する。
 これは昨日の『教育』の賜物だ。
 昨日、ヘリの教習に来たパイロット達にはそれなりに教育を仕込んであった。
 まず、返事は『サーイエッサー』
「本当にわかってんだろうな!」
 ボブは苛立っているようにうろうろしながら怒鳴り散らした。
 いや、実際にはこれは有効な教習だ。かれなりのやり方なのだ。

―命令を守れ、背を向けるな

「360°目を配れ! 先に見つけないと気付いたときには叩き落とされることになるぞ!」
「サーイエッサー!」
 もうやけだと言わんばかりに、再度兵士達は敬礼した。その声は今や完全に銃撃音に勝っている。
 ボブはさらに怒鳴る。
「機頭から向かって左側が機銃の位置だ! 敵には必ず左側を向けろ! いいな!」
「サーイエッサー!」
「攻撃ヘリについては昨日話した通り、ミニガンと搭載ミサイルが常備装備だ! 突入部隊を降下させた後は必ずブラックホークの援護にまわれ!」
 ボブの後ろには攻撃ヘリが重鎮していた。ブラックホークと同じように真っ黒だが、全体的に丸く、機体頭部にはミニガンと称されるバルカン砲がついている。

 ―勝者になりたければ

 ボブはもう一度確認を入れる。
「いいな!」
「サーイエッサー!」
 ボブはしばらく隊員達全員を睨んだ。

―例えどんな手を使ってでも

 つぶやく。
「お前らさっきからイエッサーイエッサーって本当にわかって返事してんだろうな……」
ボブはニヤリとした。
……
………
…………

…っくはは

 その顔を見て話を聞いていた兵士達は吹き出した。
 一気に笑いが広がっていく。
 ボブもニヤつきながら怒鳴った。
「よーし! お前達全員が理解しているようだからもう一つ覚えてもらう!」
 ボブは相変わらずわらずニヤついたまま、兵士達全員を見渡した。
 兵士達はしばらく笑ったあと、静かになる。

―生き残るしかない

 そして怒鳴った。
「全員生きて帰ってこい!フーアー!!」
「フーアー!!」
 兵士達は頼もしく笑った。
 例え心の中が恐怖におののいていても、それを見せれば『死』という魔物は嗅ぎ付けて来るのだから。

 

 演技であろうと、士気をあげ続けるしかないのだ。
 それは延々と続く波の打ちのように終わらない。

 

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一個前です

自作です

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