■8
朝、随分と眩しかった太陽がだいぶ頂点へと向かって上がっていっていた。
その日の下には、いつもとは雰囲気が違うキャンプがある。人があらゆるところを走り回り、怒鳴り声が響く。
「チームごとに別れてヘリに乗り込め! レンジャーは第三部隊だぞ!」
「ハンビーに乗れるのは六人だ!確認して乗り込め!」
「装備を確認しろ! 最低でもグレネードとM16は持って行けよ!」
ハンビー……屋根の真ん中に機銃を設置した銃手用の穴がある装甲ジープで、砂漠迷彩塗装を施してある……のエンジン音とヘリの駆動音、そして兵士達の怒号でキャンプはにわかに騒がしくなっていた。
ミッションに関係する兵士は皆、装備をかためて乗り込む機体に向かう。心なしか、それとも彼等自信の無自覚な切迫感か、歩みはひどく早足だ。
誰しもが口には出さないが、キャンプの緊張は高まっていた。
「マガジンは幾つ持っていけばいいんだ……くそっ――目安なんかねぇからわかんねぇぞ」
キャンプの中の武器保管室から取り出された武器を、整然とならベた机を前にしてフィリップは混乱するしかなかった。なにせ訓練で使用したことも無い物も多々あり、中には戦争規約に違反するのではないかと思うものもある。周りの多々いる新兵達も同じの様だった。手に持っては首を傾げて机に戻し、戻してはまた次のを手にとって首を傾げる……を繰り返している。
しょうがなくだいたい使った事がある物を腰に吊していく。
手榴弾、煙幕、スタングレネード、マガジンを六つ、……少し迷ってから一応教習通りに暗視装置をポシェットに詰めた。
フィリップは全身迷彩姿で、頭にはヘルメットとゴーグル。肩にはM-16アサルトをかけて、腰には机から取りあげた投擲武器を下げていた。さらにチョッキの個別に別れている六つのポケットの中に、マガジンを全てほうり込む。最後に左腰のホルスターに単発銃をねじ込んだ。
「…………」
フィリップは自分の姿を深呼吸しながら確認した。
ジェームズと睨み合った時のあの感覚が、背中から蘇っていた。
冷水につけられたような感覚。そして心臓が鼓動を激しくする。
――ビビってんのか、緊張してんのか……
肩に何かがカタカタと当たった。
「……!!」
ハッとして見ると、銃の肩掛けの革紐を握る手が震えて、自分の肩を叩いていた。
――畜生! 瀬戸際にまできてこれかよ!
ギュッと手を握りしめる。それでも手は震えるのをやめなかった。
「お前はSEALか!?」
そんな彼の肩を後ろから走って来た男が掴み、振り返らせた。
突然のことに驚いて振り返ると、現場指揮をヘリからとるというあの大尉だった。
驚きながらながらも、フィリップは答える。
「自分はSEALです! 第二部隊に所属されました!」
「ならハンビーに急げ! もう出発するぞ! たかが一時間の任務の準備にそんな時間をかけるんじゃない!」
……
――……そうだ
「サーイエッサー!」
フィリップは敬礼をし、怒鳴り返した。出発が迫った為に起動した、懐かしいヘリの駆動音の中だ。叫ばなければ聞こえなかった。
「敵をぶっ殺しに行きます!」
――たかが一時間だろう
――一時間だけ生き残るために戦えばいい
――楽勝だ
「気負うなよ!命令したらちゃんと同じ方向に撃つんだぞ!」
大尉の含み笑いを背中に聞きながら走り出した。
キャンプから飛び出すと随分と高く上がって暑くなった太陽が目に染みた。コンクリで固めた地面が蒸し返して熱い。
ハンビーは何処だと周りを見回す。考えて見れば場所を聞いてなかった。
「ヘイ! フィリップ!」
声がした方を振り向くとエバンスがハンビーの中から手を振っていた。片手でドアの縁を掴み、乗り出した身を器用に支えている。
「こっちだ!」
「イエッサー!」
銃を走りやすいように両手に持って走る。
「遅かったじゃねぇか!?逃げる準備かよ!?」
エバンスはゲラゲラ笑いながら走って来た彼を引き込むようにハンビーに乗せた。
「そんな訳ないでしょう!」
フィリップが腰を無理矢理車の中にほうり込むのを見ながら、エバンスはクククと笑った。
ハンビーの中には四人の兵士が既に乗りあわせていた。
三人座る後部座席の、運転席に向かって左側に座る少年のような顔をした男が手を突き出した。
「レンジャーのチャーチルだ! よろしくフィリップ! SEALと組むのは始めてなんだ!」
フィリップもその手を握り返す。
そして返事を返そうと息を吸い込むと、運転席からいきなり馬鹿でかいアナウンスが飛び込んで来た。
「真後ろで熱い友情劇が繰り広げられているこのハンビーにお乗り頂きありがとうございます! 皆様を安全に戦場へとお連れするぅ、星条旗印のソルジャー専用車にようこそ! 本日のパイロットはぁ!!」
狭い運転席でガタガタと無理矢理体を動かした、いかつい顔の男がフィリップの胸倉を掴んだ。
「ウィルソン・マクガイン機長だ! どうぞ戦場までの短い間よろしく!」
「……新兵をびびらす原因だぜ」
エバンスがフッと吹き出して笑う。
フィリップは、残念ながらそれとは対照的に少々戸惑いながら答えた。
「よ……よろしく」
「さぁて」
エバンスはヨッと腰を上げてハンビーの天上にのぼり、銃手に着いた。外から見ると、ハンビーの上から機銃と共にポッコリと頭が飛び出ているようだ。
エバンスはそこから少し顔を下に向けた。
「そろそろだ。コード『ミクスド』だぞ」
チャーチルはそれに「楽しみだな」と、武器を確認しながら嫌そうな顔でかえした。
コードとは『暗号』の意味だ。軍内部ではいろいろなことに使われるが、今回のは『作戦開始の合図』として使っている。
「おい見ろよエバンス! 少将殿直々に送りだしだぞ!」
ウィルソンがいきなり(いきなりが多いのは彼の性格なのだろう……とフィリップは思った)大声をだした。眉根を寄せながらキャンプの方向へ指を指す。
つられてキャンプの方向をみたエバンスは「へっ」と苦笑した。表情は微妙なところだが、どう考えても楽しそうでも、嬉しそうでもない。
「マジだぜ……」
エバンスまで嫌そうな声を出すので、何気なくウィルソンの指の先を見ると、少将が腕組しながらキャンプ前に立っていた。
「こりゃ本格的だな……」
例の『賭け』というやつだろうか、彼等の顔は一様に渋い。
……昔からジンクスに頼りたいのはわからなかった。フィリップの彼女や友達が下らない占いなんてもので一喜一憂している姿を見るたび、彼は不思議な気持ちになったものだ。
だが、朝おきたら聖書を手にしていた自分がいたのも事実だった。
フィリップは宗教家の跡継ぎでもなければ、敬虔なクリスチャンでもない。ただ読んだだけだ。
いや、理由なんてない。そう、そんな理由付けなど。
理由があるとするなら、何のために聖書など読むのだ。
こんなたった一時間のミッションじゃないか。
「……楽勝だ」
彼はその根拠を頼りにいつの間にかつぶやいていた。
視線の先には少将が腕を組みながら、サングラスの下の目で兵士達を見ている。
その目を見ることは出来ない。サングラスはただ、真っ黒だ。
「……楽勝…だ」
たった一時間。
その言葉の次に続く言葉は言わなかった。
理由なんて、ない。
そんな彼を、エバンスはじっと見ていた。
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