■ゴメンけど、110番
あぁ、そうだ。そうだよ。
この世の中なんて、陰謀に陰謀を重ねてその上に黒い布かけてさらにポルノ雑誌とエロDVDとまっぱの女と女性向け週刊誌とヨン様ポラロイドとまっぱの男を乗せてそれを札束で隠してそれをさらにポジティブJ―POPとバイオレンスHIP―HOPに『あいだみつを』やら『326(さぶろー)』やらの詞を乗せてやれば完成ってわけだ。皆糞みたいなうわべばっかりの欲望で構成されてんだ。
世界の本質を見たけりゃネガティブに生きろ。そうすりゃ世界が素顔をさらすから。夢を盲目的に信じるな。正しいことは良いことじゃない。悪いことも強くはない。先駆者は糞だ。後発者は手遅れだ。
そして、教えてやる。
サンタが南極やらオーストラリアに住んでるわけないだろ。いつまでガキみたいな夢を抱いてんだ。現実を見据えろ。
俺は、名古屋に住んでる。
サンタは、名古屋に住んでる。
そしてサンタは、公務員だ。ファッキン国家公務員試験。
サンタ日本現存数、三三三名。
三が、多い
三、多
三多
サン――
……
…………
………………
見ろ。世界なんて、糞でできてんだ。この野郎。
■
「ねぇねぇ、これ見て下さいよぉ」
鹿は相変わらずアホ丸出しで騒いでいた。食い終わったアイスパックをなぜか頭に乗せて、口元にアイスひっつけて実に楽しそうじゃないか。ついでに先程まで彼女の唇とアイスとの、なまめかしい行ききをしていたスプーンはしっかりと彼女の右手に握り締められていて、ブンブン振り回されている。テレビに向かって。
『さて、ここで季節に関する楽しいお便りを』
テレビの中ではニュースキャスターが実に美しい造り上げた笑顔で天気予報をしていた。今は、『天気なんどこ? ここ来て見てここコーナー』……早い話が送られて来た、季節に関係する手紙を紹介するわけだ。
「見て、見て! ここですここ!」
「…………」
『えーと、三重県にお住まいのペンネーム「セントレア」さん……』
「アハハハ(右肩上がり)」
「……………………」
きっとコイツにはおもしろいのだ。理解不能だが、そうに違いない。コイツが笑うときは楽しい時だ。他意は絶対に無いはず。
もとより、俺は変人の、しかも変態の女を理解しようとする気はない。
「三重県なのに……セントレア……アハハ」
ああ、そういこと。マジックマッシュルームでも噛ったのかと思った。よかったね。セントレア。愛地球博と同時に開発された愛知の新国際空港だよな。そういえばこの間から騒がれていた。よかった。コイツ普通の状態で。
……いやいや、良くない。良くないだろ。つまりコイツは普段からシャバ(ドラッグ)が抜けきってないような状態ということではないか。マズイだろ。人として。いや、鹿として。
彼女はほんとにおかしくてたまらない、と言う感じでスプーンを持った手の甲で、口を隠す。
「愛地球博の騒ぎの仲間に入りたくて必死って感じがおもしろいです。なんだか、人間って哀れですよね。この地球上を支配したっていうのに、いまだに『孤独だぁー』とか言うんですもん。ねぇ、西神楽くん。……聞いてます? 西神楽くん?」
彼女は無視を決め込む俺に振り返った。行儀良く椅子に座ってパンを食いきった俺に、柔和な笑みと少しばかりの寂しさみたいなものを込めて。多分、無視されたのが孤独に感じるんだろう。ちょっとふくれているのかもしれない。あぁ。こいつ矛盾してるなぁ。
ていうか、笑いがシュール過ぎるだろ。理解できん。
とりあえず、しょうがないので正当な感想を述べさせてもらう。
「……お前、地方の人間を悪く言うな。愛地球博は全世界の人間の為のイベントだぞ」
「建前なんていいんです。今時の高校生は見た目を重視するんです。メジャーリーガーの松井より、エンターテイナーの新庄です。もちろん、イチローがいればイチローですけど」
「ぬかせ、鹿が」
俺はさっさと服を着替える為に部屋を離れる。……いや、彼女の正体が鹿なのはわかっている。それでも俺は気恥ずかしいので狭い部屋の、狭い押し入れの中で服を着替えることにしていた。一応、俺が着替える間に『鹿』も着替えるはずだ。
「今日こそあの娘の『お願い事』を叶えなきゃ……ですね。狙いを付けてからもう三日は過ぎてますから」
薄い押し入れの引き戸を挟んで、ガサガサと音を立てながら彼女は言う。「あぁ、そうだよなぁ……」と、俺は気の無い返事をした。
俺はサンタ。
サンタは偉いんです。
なぜなら、聞きたくもない他人の願事が手に取るようにわかるのだから。
特に表層の、一番軽い、サンタさんに言えるようなお願い事。『これが欲しい』『あんな風になりたい』『彼女が欲しい』『彼氏が欲しい』『テストで良い点がとりたい』『私を捨てた彼に復讐したい』『あんな娘とあんなプレイを』『デリヘル嬢が俺の好みに』『ヒカル、私に本気になって』etcetc……
……
…………
この馬鹿が。
この猿! 類人猿! クズ! ケダモノ!
サンタさん、彼氏下さい? お前、それどうやって叶えてやりゃいいんだ? 「それじゃ私が……」とでも言えってのか?
嫌だよ、俺から願い下げだ。鏡見てから願え。そうすりゃ「レッツ『ホストクラブ』!」で解決するよ。ナイスだろ。あの店の中の男は皆お前の彼氏だ。すばらしい。逆ハーレム。
まぁ、擬似だがな。期限付きの。
つまり、そういう事だ。
人間なんて欲望の塊。好き勝手なことばっかり言う奴ばかりだ。んで、それが食いものにされる。誰かさんの欲望の為に。
ある日俺の所に鹿が来た。サンタは最高だと。ドリームメイカーだと。
(「楽しいんですよ。デンジャラスなんです。最高なんです」)
俺は警察を呼ぼうかと思ったけど、やめた。その時来た奴が森三中みたいな奴だったらマジで電話していたが、彼女は実に『見た目は』可愛かったのだ。肩までの髪はさらさらだし、着ている服は薄ピンクのキャミ(ソール)と、いかにもかわいらしい。俺は彼女の為に目頭を熱くした。可哀相に、この若さでイっちゃったのか。どう見ても高校生くらいだろう。宗教? 大丈夫? 主に脳とか。
(「違います。全然、普通なんです。清純、なんです」)
そうですか
(「……信じてないですね! 信じてください! 純白、なんです!イノセント、なんです! 処女、なんです!」)
…………
(「私、西神楽くんのパートナーですから」)
彼女は胸を張った。
(「だから、清純で処女なんです」)
…………処女。
(「はい!」)
その時、管理人のおばちゃんが通りがかった。
(「ヨシオ君、この部屋、軋むわよ。壁も薄いから、ここでは止めた方がいいわ。おばちゃんが良い所教えてあげる。ここいきなさい」)
…………
おばちゃんは去っていった。
(「サンタ、なりますか?」)
俺はおばちゃんに貰った『シーサイドホテル』のチケットをジーンズにねじこみながら言ったもんだった。
なる。なるから、早く帰ってくれ。
(「本気ですか? ちゃんと書類も書いてもらいますからね、いい加減にいっちゃって、後で後悔しても、遅いんだから」)
どっちだよ、お前。
(「そりゃぁ、なって欲しいですよ。でもいい加減な気持ちでやってほしくないんです。サンタというのは……」)
彼女は熱く語り出した。熱弁している姿も可愛かったが、その内容は明らかにサイコさん(薬中)としか思えないものだった。ちょっとひいたが、彼女自身がすごい頑張っているからなんとも止めずらい。
そうこうしている内に時間は過ぎた。
(「…………萌え」)
え
と、思うしかない。いきなり横から低い声が。
(「もえ?」)
…………!!!
しまった、コイツの事を忘れていた!! ヤバイ!
隣のオタクです。
奴はドアを薄く空けて、その間から彼女を見つめていた。熱弁を振るった彼女が汗を垂らすのを見て、その感情(萌え)はピークに達したのか、奴は肉付きの良い体、三桁大台に突入した体をもぞもぞとさせていた。……あれがその感情(萌え)の身体表現らしい。ヤバイ。キモい。
(「誰かいるんですか?」)
やめろ! 見るな。アンタがあの世界に突入したらそれこそ帰って来れなくなるぞ。
(「そう?」)
そう。
オタクはヒッキーらしく部屋に引っ込んだ。よし。そのまま出てくんな。アニメソングでも聞いていればいい。もちろん、ヘッドフォンで。うるせぇから。
彼女は意外とすんなりと奴を無視した。よかった。意外とコイツ、対象以外には冷たいな。
(「それで、契約書なんですが……」)
え、持ってるの?
(「そりゃもう……ここがハンコをおすところです」)
えーと……これ、マジな文書だね。「サンタ登用に関する文書」って、サンタは登録制なのか……甲? 乙? えーと丙って何? ああ、ここに名前書くのか。甲が俺で、乙がアンタか……丙がサンタ……え、国家公務員? すごいな、日本政府動かしてんじゃん。今時アルジャジーラでも日本政府は動かないよ。……ねえ、この職業保険が利かないってなんなの?
(「任務中のケガに関する保険はないんです。その代わり、特別手当が出ます。二百万ほど」)
……へえ。二百万。国家予算使いまくりだね。あと、任務中って、そんなにヤバイの?
(「感覚によりますね」)
……俺の感覚で大丈夫だといいけどね。とりあえず、銃を使ったりしないよね。
(「使いませんよ。私が使うんです」)
…………へえ。じゃあ、安心だ。
(「はい。私が守りますから、安心してください」)
と、しばらくすると、オタクの巣から音がしてきた。またアニメソングか。ヘッドフォンで聞けっていってんジャン。ていうか止めろ。お前の妄想たっぷりの曲など聞きたくも……
……え
こ、これは
(「あ〜、アジカンだぁ」)
――何ぃぃぃぃ!!!
奴が!!
奴がJ―POPだと!? なぜ奴がアジカンなど!? いつものニャンニャンみーにゃん(アニメ)はどうしたんだ!
は、そうか! 奴め、この変人兼美少女(後の『鹿』)の気を引くために……
(「私が持ってない曲! スゴイ! なんで持ってるんだろう……まだリリースされてないのに!」)
マズイ
この娘(変人)、行く気だ。
このままではオタクの思う壷……彼女の処女が! そしてオタクの童貞が危ない! 彼女はオタクの道へ、オタクは第二の電車男を狙って3Dの女に……
「オタクさん、サンタになってくれますか」
「ああ、僕は……僕は君のサンタに……ハア、ハア、ハ――」
ダメ、絶対。やめようドラッグ。やめようオタク。あと、変人と処女喪失。
おい! おい!
(「はい?」)
ハンコは母印でいいのか?
こうして俺はサンタになったわけだ。
いや、適当だよ、そんなもん。俺だって、知らないうちになってたんだから、知るかよ。
とにかくこれで俺ははれてサンタに。おめでとう。過去の俺。お前はそこから、地獄に落ちるんだ。
いや落ちはしないか。
世界がクソになるんだ。そう、間違いない。
(「ドリームメイカーの世界へようこそ!」)
彼女は俺の部屋に勝手に上がって、コンビニで買っていたらしいガリガリ君を食べていた。楽しそうにくるくる回る。面白いか、それ。
ていうか、アンタ、誰?
(「え? 私? えーと……名前は西神楽君につけてもらわないと」)
…………とりあえずなんて呼べばいいんだ?
そういうと、彼女はそうだなあ、とアゴに手を置いて考え出した。うーん、とそのまま三十秒ほどたつと、彼女はいきなり立ち上がって言った。
(「鹿です。私鹿なんです」)
ゴメンけど、その後一回警察よんだから。
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