■3
俺たちはおよそ意味のない生き物なんだろう。
だから俺たちは意味を探したがる。生きることに意味が無いと、それは俺達人間にとって、恐怖のソレでしかない。
俺は怖かったんだ。
そいつが死んだことに何の感傷も表さない自分が。
いつかそうなってしまう自分が
怖くて怖くて、たまらなかった。
俺は、俺が意味のない存在であることが怖かった。
「自衛隊に入る?」
俺が進路希望を変更したとき、担任の若い……まあ、美人に入るのではないのではないのだろうかという女教師は眉を寄せた。
「あなた、自分がなにいってるのかわかってるの?」
「はあ、まあ……」
あいまいな俺の態度に教師はため息をつく。
「まあ、じゃないのよ? 御浜クン、君の人生すべてを決めてるようなものなんだよ?」
そういいながら教師は温かいコーヒーを口にする。「冷え性は嫌ね」とか呟きながら。当然俺は答えない。
職員室は外の暑さなんてお構いなしにクーラーをがんがんにかけて、24度くらいになっていた。ここの奴らは、みんなこれを『贅沢だ』とぬかす。
俺はこの冷たさが不快だった。
頭をよぎるのだ。あの、心臓の音が。
教師ははぁとため息をつき、少し俺から目をそらしながら呟くように口を開いた。
「それに君……その、なに……昨日の今日でしょう。近くの人が死んだのを見て、君は何も感じなかったの?」
今度は俺がため息をつくことになった。何言ってんだ? コイツ。バカかよ? 俺は内心であざ笑い、表情は悲しそうな顔をして教師を見つめる。本心は笑いたくてしょうがなかった。「この女バカだ」と笑いまくりたかった。
俺がその日、職員室に呼ばれる前日には俺の後輩は死んでいた。
心不全だった。風呂に入っていて、いきなり死んだ。
俺は前日に後輩と同じようにいきなり呼び出され、ほとんど冗談と実話との境目で、よくわからないまま俺は通夜に出席し、号泣するその子の両親と家族に会ってきた。
皆。会いにいった皆がそれを見て泣いていた。可哀想だとか、ホントにいなくなっちゃたんだとか言いながら。
そうやって言える奴はいい。きっとそいつは思ってる。『自分が死んだとき、泣いてくれる人がいるんだ』って。
俺はその日泣かなかった。少しも涙を流さなかった。告別式の日、泣いて「娘がお世話になりました。次の試合……楽しみにしてまして……!」と嗚咽を抑えようと必死な両親を見ても、俺はただ「そうですか」としか言えなかった。俺の頭の中にあったのはもっと単純なこと。
『でも行けたとしても、すぐに負けて帰ってきてただろうな』
『アイツ、弱かったから』
家に帰ってから、俺はそんなことを頭の片隅で考えている自分に気づき、その残酷さに嘔吐した。なんて俺は腐った奴になってしまったんだろう。人の『死』ですら、そんなことのようにしか考えられないなんて。
そして俺は恐れたのだ。
「別に……感じるって、何を感じるんですか」
俺の言葉に教師は一瞬呆けたように俺を見た。
「何をって……命の重さを感じなかったの!?」
「重さって……」
何を言っているのだろうこいつは。命に重さなんて関係ない。第一、命が重いからなんだってんだ? 重いと俺はそいつの為に泣けるのか?
俺は「別に……」とまたあいまいに返事を返し、閉口した。
その俺の態度に教師は憤慨したようだった。コーヒーをドンッと机に置いた。その音で周りの教師と生徒の目が集まる。
「あなたね……人が死んだのに何も感じないなんて最低の人間のすることよ! いなくなった人のために悲しんで、それでも先に進もうとするのが人間でしょう!? あなたはその第一ステップも踏んでないのよ!? わかってるの!?」
内心、舌打ちどころのレベルじゃなかった。今すぐコイツの顔面をぶん殴り、首を絞めて、そのまま窓から放り出してぶっ殺してやりたい。その衝動に耐えられない。一瞬手が動き
「……そうですかね」
俺は笑った。腹が立ったとき、悲しいとき、つらいとき、焦ったとき、そんなときは笑う。それが俺の後輩へ伝えたことだった。感情に左右されるな。心情だけじゃない、表情も、動きも、全部だ。完璧に笑え。そうすれば、頭の芯は冷えて冷静に戦える。そう教えた。
実際今もその通りだった。笑っていたのは顔だけで、頭の芯は冷静に言葉をつむぎだす。
「つか、泣いてる連中だって実際泣きたくて泣いてるんですか? 俺にはどう見ても、雰囲気に流されているようにしか感じ取れないですけど」
「なんですって……!」
「その証拠に先生も泣いてたじゃないですか? 面識、ないですよねあの子と」
その言葉に教師は黙った。そうなのだ。コイツは面識すらないのに、告別式にまで押し寄せて豪快に泣いていた女なのだ。
「……例え知らない人でも、悲しむのが人間よ!」
教師は職員室中の注目を浴びた手前引けないのか、大声で俺に怒鳴った。職員室の中はシンとなる。立ち上がったその教師と、その席は端の方でありながら今やスポットライトの当たる舞台のど真ん中だ。とうぜん俺も。
「……でも俺は何も感じませんでした。俺は考えは変えません。自衛隊の募集要項、教室に送っといてください」
俺はその集中に耐え切れなくなって教師に背を向けた。いつの間にか職員室中が俺を『人が死んでも悲しくないと言うカッコつけの悪い奴』と決めていたようだ。おかげで今まで少しは親しかった女の子達(何とかって言うかっこいい先生に教えてもらいに来てたらしく三、四人)の視線がきつかった。まるで視線で道徳を訴えるかのような、そんな目だ。
『「正しいこと」はあるの。でもね、この世界に「正解」はないんだよ』
先輩の顔が浮かんだのはその時だった。その日、俺は初めて先輩と難しくない話をした。
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