■7
「……それで、皆揃ってケンカですか?」
「ええ……まぁ……」
正座して並ぶバカ共四人は、その前に仁王立ちする女の言葉に体をすくめた。
空は答えた俺をキッと睨み、彼女の前に正座した俺はその目をサッと避ける。
「……最ッ低ですね……」
じ〜と空は俺から端の柴田までを見渡し、向けられたメンバー全員が目をそらした。
屋上に突如として現れた空と風香先輩は、まず空が、綾瀬に組み敷かれている俺を見て「先輩何してるんですか!?」と目を見開いて走り寄ってきた。
そして「あぁ、やっぱり俺のことを一番に心配してくれるのか……やっぱ持つべきものは後輩の彼女だなぁ」と少しジーンとしていた俺の顔面を
「うげぇッ!?」
蹴り飛ばしやがった。
「……ッ! どうして……どうしてですか!? ホントに私のこと嫌いになっちゃったんですか!?」
「お、おい……まて俺は……」
「私、先輩の事好きです! それが嫌なんですか!?」
「ちょ、ちが……」
ガス痛いゲスいてっドゴぐへゲシぐほバキベキシゴキバキシまてバキほねおれるってゴキバカベキベガバグと、俺がまさにやり放題やられて、死にかける。そこでやっと柴田が「はわわわわわわわへわわわ」をやめて俺を守ろうと走ってきた。
「空だめだ! 想が死んじゃう!」
あぁ、ありがとよ……やっぱ本当に持つべきものは親友だよ……と思ったところで柴田は
俺を踏み潰しやがった……空に抱きついて
「ぎゃぁ!」
「ちょ……! アンタ何やってんのよ変態野朗!!」
俺の上に馬乗りになった綾瀬が瞬間的に柴田を殴りつける。しかしそこはボクシング部エース。それをスウェーで避けるとけん制に右フックを軽く出す。もちろんそれに当てるという意識は無かったろう。
「バカッ! 女に手を出すなッ!」
そこに唖然として見ていた条先輩が突っ込んでくる。まさか……
「おいおいおいおいおい――ヤメロ! 俺がつぶれ……」
俺を膝でつぶしやがった……柴田を羽交い絞めにして
「ぐはっ!」
「ちょ、先輩!? やめ……」
と言った柴田が綾瀬の次打を顔面に叩き込まれ、うげッとのけぞる。そしてバランスを崩した柴田はそのまま倒れこみ……
「ふぁ――!」
その柴田に抱きこまれていた空は条先輩と柴田二人分の重さなんか耐えられるわけが無い。力をこめるような暇もなく倒れこみ……
「――空ッ!」
そして俺は倒れそうになる空の頭に手を突き出す――
「あぁクソ。結局俺が一番下かよ……!」
俺は綾瀬と柴田と条と空の下になりながら呟いた。いや、しかしこの状態ではほとんど呟きにもならないだろう。圧迫されて出る声も出ない。かすれた息が咽の奥から押し出されるだけだ。あぁ、圧死ってこういう事いうのかな……
「……せん……ぱい?」
俺の耳元で空が呟いた。とりあえず空は大丈夫みたいだな……
空は倒れるギリギリのところで背中からではなく両手を突こうと体をひねっていた。そのせいで俺に思いっきり抱きつく形になっていて、(俺が必死に避けたかいあって)俺の顔を避けて俺の耳に頬を押し付けている。
「ふぁ……! うわ、ちょ、先輩……!」
「イででででででで!」
空は顔をその場所からどかそうとぐりぐりと動かす。でもそれはどちらかというと俺の耳をねじったり引っ張ったりして痛いことこの上ない事態へ引っ張るだけだ。
「お前、顔ぐりぐりすんな……痛い」
「ぐりぐりって……そんなことしてません!」
うわぁぁぁとそのぐりぐりという響きが恥ずかしいのか、空はさらにぐりぐりと顔を動かす。ていうかイタッ! イテ!? 痛いってば!
「綾! これはどういうことだよ!?」
「お兄ちゃんに関係ないでしょ!」
「痛い……顔が痛いよ……」
そんな俺の苦悶など明後日の話。上に乗っかった三人は好き勝手に暴れている。つか、それが余計な圧迫になって俺の腹と胸に来る。
「ヤメロ……お前ら暴れんな……し、死ぬ!」
「なんで喧嘩なんかするんだ!? 女の子なのにケガしたらどうするんだよ!」
「お兄ちゃんに関係ないって言ってんでしょ! 兄貴づらしないでよ!」
「痛い……これ、血が出てるんじゃないか……?」
息も絶え絶えの俺の声はやっぱり奴らには届かない。
と、突然空がぐりぐりするのを止めた。
「……ふぁ」
ビクッとして俺を見る。え? 何?
空は押し当てていた頬をずらして俺と目を合わせる。ぼっと顔を赤くするとあたふたと手を振り回した。
「うわ……うわ! うわ! 当たってる……当たってる! つぶれ……」
「……は?」
「ふあぁ!」
ゴシッと空は俺の胸に手を置くと起き上がろうと思いっきりそれを押す。
「バカッやめ……ぐぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ――!!」
「離れてくださいよ先輩!」
「何言ってんだお前! お前なんでそんなに必死になって……」
「――ッ」
ハッとして空は手を離した。げほげほと咳を吐き出し、助かった……と思ったその矢先
ゴチ
と空の両手が肺に当たる。ぐえ、と再度死にかける俺に空は
「胸」
と呟いた。よく見ると空の両手は胸を守るように交差して置かれていた。
「……ムネ?」
「さっきまで……当たってませんでした……?」
「なに言ってんだお前。当たるどころか押し付けられてつぶれて……」
「いぃッ!」
空はもう顔を真っ赤とか通り越してよくわからない表情になって、泣きそうになって、そしてやっぱり暴れる。
「やめろお前、暴れるなよ!」
「嫌ですこんなの! 私……」
暴れる空を静かにさせようとするが、どうにもダメだ。暴れまわるだけで、こっちの言うことは聞こえてないようだ。
「あのさ……」
ポンポン、と俺の肩が叩かれた。暴れる空に殴られながら上を見ると
「……風香先輩!」
「私、そろそろ混ざったほうがいいかな」
先輩がしゃがみこんだまま俺を見ていた。あははと笑う。
「なんか面白そうでさ、私も混ざっていい?」
俺はぶんぶん首を振り、「このアフォどもをどかしてください」と柴田たちへと指を向けた。
「怒ってたね。クーちゃん。久しぶりにあんなに怒るの見たわ」
「…………」
俺と風香先輩は暗くなった帰り道をぶらぶらと歩いていた。
西神楽東高校というのは結構田舎のほうの学校だ。だから周りはなんだかんだで田んぼや畑がいっぱいで、その中に時たま民家がぱらつく、という典型的な田舎風景だった。その風景は暗くなれば暗くなるほど神秘的というか雅というか、人の心の琴線を小さく震わせる力がある。
特に、夕日が沈んだばかりの薄ぼんやりとした世界の時は。
「でもよかったね、誤解が解けて。アレは危なかったぁ。私も見たけど、あの状況だけ見たら想クンが綾瀬ちゃん襲ってるようにしか見えなかったもん」
「…………」
俺は自転車でいつも登下校するのだが、今は徒歩。先輩は家が近いので徒歩通学で、俺はそれに合わせている。一緒に帰るときはいつもそうだ。
「それで、想クン、お祭りはどうするの? 行かないの?」
「…………」
結局あの後、空は綾瀬の勝手な行動と、俺が綾瀬を殴ろうとしたこと、それに条先輩の下手なフォローに柴田の抱きつき、そういうのすべてに怒りまくった。俺たちを屋上に正座させて「最低だ」の「常識を見ろ」だの、散々怒り散らした。。
そして
「でもさ、これでわかったでしょ?」
と呟くように(無論正座で)言ったのは綾瀬だった。
「……何が」
もう怒る気力もなくしたらしい空は、大きなため息と共に聞き返した。
綾瀬はコイツ、と言いながら横に座る俺をさす。むっとして俺が睨むと「ふんっ」とシカト。
「コイツがどれだけ変人かって事。空、コイツはアンタの下にひかれて喜んでたのよ?」
「おい、お前何言ってやがる。喜ぶわけねぇだろ。そんなことしてる体力あったら逃げてんだよ」
「なに言ってるんだか。胸が当たって喜んでたクセして……」
「そんなわけねぇだろ!」
言い合いを始めた俺たちに空が一歩足を踏み出す。俺たちは黙り込んだ。
「……学習してください」
そう呟く空に柴田が律儀に手を上げて発言を表す。「……どうぞ」と空が言うと、柴田ははぁいと立ち上がった。
「でも空、最初は綾瀬って子が掴みかかってきたんだよ」
「その点についてはもういいです……綾瀬、もう先輩とケンカしないでね」
綾瀬は唇をとがらせる。
「はぁい」
条先輩がそれを見てため息をついた。ずれたメガネをしっかりと掛け直しながら呟く。
「空、綾は絶対約束破るよ。ずっと昔からそうだったんだ」
「お兄ちゃんは黙ってて」
条先輩は生意気な綾瀬に「付き合ってられないよ」と言って腕を組んだ。……そういや、考えてみれば何でこの人屋上なんかに来てたんだ?
「ねぇねぇ」
ふと、ポンポンと俺の肩が叩かれる。振り返るとそこにはしゃがんでいる風香先輩。その顔はニコニコと笑っている。
「なんスか?」
「耳、貸して」
「はぁ……」
俺は先輩が引っ張るがままに(結構痛い)耳を差し出す。先輩はそれに口を近づけ手でそれらを覆う。ごにょごにょ……
「あのね」
「はい」
「クーちゃんの胸、どうだった? 大きかった」
「…………」
呆れた俺は少しだけ体を先輩から離して細目で軽蔑のまなざし。しかし先輩にそれは全く効かず、先輩はニコニコわくわくと目を輝かせている。
俺はため息をつきながら右手で何かを持つように形を作って、先輩に見せた。
「……だから、これぐらいですよ。なんていうか、小ぶりの桃? みたいな」
「私より大きいかな」
「知りませんよ……先輩のってどれくらいかとか俺知りませんもん」
そう言う俺に先輩は少し思案顔になり、しばらくしてから「あぁ」と手を打った
「それは暗に触りたいって言ってるの? 私結構大きいよ」
「違ぇよ!」
ダンッと俺は床を叩く。「ちがうのかぁ……」と先輩はなぜか残念そうに自分の胸を見る。何がしたいんだアンタ……
「……おとなしくなったと思ったら胸の話ですか」
ふと、耳元で呟かれた言葉に俺は振り返る。そこには腰を曲げて下から俺を覗き込む空がいた。……うわぁ、怖い顔
「いや、違ぇよ。この人が勝手に……」
と指を指された風香先輩はニコニコし、そして怖い顔をしている空の肩をポンポン、と叩いた。
「空ちゃん、良かったね。想クン、空ちゃんの胸大きいって言ってたよ」
「オイ!」
「――ッ!」
空はその言葉にビクリとし、ほぼ反射的な勢いで胸を押さえる。頬を朱色に染めて「うわ……」と呟いた。
「言ってねぇよ! 先輩! アンタ何がしたいんだ!?」
「いいじゃない。喜んでるし」
喜んでねぇよ、と憤る俺に「はいはいはいはい」と手を叩く音が重なった。見ると条先輩が立ち上がって俺を見ている。
「もういい加減俺も帰りたいんだよ。お前達にばっかり付き合っていられない。もともとこれは想がお祭りに行くか行かないかでもめてたんだろう? だったらここで決着をつけなよ」
「そうね、どちらかと言うと、クーがそこの変態と私、どっちを取るかってことだけど」
綾瀬も既に立ち上がっていた。ふふんと鼻を鳴らすと腕を組み「ま、選ばれるのは私だけど」と自慢気に呟いた。なんなんだコイツは……
「あ、それ私も参加していい?」
ぴょこんと手を上げる風香先輩に条先輩は
「面白そうだとかそういう理由での参加は不採用だから……」
とさっと腕でバツを作った。しかし風香先輩はそれに「ううん」と首を振った。
「純粋な理由だよ。私、想クンといっつも一緒にいるもん。お祭りだって……ね」
と先輩は俺を見る。ニコッと笑って小首を傾げるその仕草は結構俺の心に来るものがあって、俺はそれから目をそらす。
空が俺を見て、むっとする。風香先輩に向き直ると、じーと睨んだ。
「……別にずっと一緒にいることがお祭りに一緒に行く理由にはならないと思いますけど」
「そうかな」
「そうです。そういうのを越えた物だってあるんです。第一、私は先輩の『彼女』ですから」
「話がまとまらないね……」
一人蚊帳の外になっていた柴田がハハハ、と乾いた笑いをあげた。確かに、なんだかこれじゃ堂々巡りだ。
「じゃあこうしよう」
と条先輩は人指し指を立てた。皆が注目する。それを見渡すと、条先輩は満足気に頷き、そして言った。
「お前達が勝手に決めてくれ。俺は帰る」
あぁ綾瀬、条先輩殴っちゃダメだ……蹴ってもだめだって……あぁ、あぁぁ……
「結局条君は何がしたかったんだろうね……あ、はい。シャケあげるよ」
もひもひとおにぎりをほお張りながら先輩は手に持った袋から一つおにぎりを出した。俺はそれを避け、袋の中の梅干を手に取ると包装をとりさって口に運ぶ。
これは俺と条先輩が『全部俺のお昼だが、欲しいのならしょうがない。お前にあげよう』『いらねえよこんなもん……つか、ウソでしょう。こんなに一人で食えるかよ』という押し問答をしてるところを『うわぁシャケだシャケだ』と風香先輩がかっぱらったものだ。
先輩は俺がおにぎりを齧るのを見ると、楽しそうに微笑んだ。
「さぁ、どうする想クン。空ちゃん? 私? どちらと行くの?」
「…………」
あぁ、と俺は思った。
あぁ、めんどくせぇ……
考えてみれば俺は体育会系の人間なのだ。はっきり言って走るのも遅いし、ボールも投げられないしで運動全般苦手だが、剣道だけは得意でそればっかりやっていた。おかげで考え方もそれ一色になってきた。
ついで俺は高校生がよく陥るらしい『めんどくさい』病にかかっている。最近は何をやっても意味が無いように感じられる。それ以上にどんどん自分というものがいろんなものに枯渇していって、もっと水をもっと水をとあえいでいるように感じるのだ。
「……どうすればいいんですか」
俺は学校を出てから久しぶりに口を利いた。
「どうすればいいんだろうねぇ」
先輩は別段それに口を挟んだりしなかったが、何かを与えてくれるということもしなかった。自分で考えろってことか。
「クーちゃんに聞いてみれば? 『俺と祭りに行きたいのかぁ』って」
「聞く理由が無いでしょう……」
「そうかな」
先輩はうーんと唇をふにふにともみながら首をひねった。
「でもさ、そういうのって重要じゃないかな。たぶん、クーちゃんは想クンのことが一緒に行きたいのかどうかってことがわからなくて悩んでると思うよ。そうやって聞きに行ったらさ、『あぁ、私に気があるんだ』って再確認できて、クーちゃんも安心するよ」
「はぁ……」
そうなのだろうか。よくわからない。
人の考えてることは結構わかるものだと思う。なんだかんだで俺たちは人間なんだから、根本的なところではずれがないように出来ているのだと。だから俺たちはわかるはずだ、何を考えているかということは。
ただ、俺は人が何を感じているかはわからない。
感じていることを理解するのは難しい。なにせ文字にしたり他のものに変換するのができないものなのだ。俺のチンケな脳みそではそこまで理解することは出来ない。
「安心、か」
そういうの、どういう意味なんだろう。
人に求められると人は安心するのだろうか。俺は人に求められるなんていう思い出が少ないな……考えてみれば俺は母親にも捨てられてたんだっけ。
「うん。あんしんあんしん」
と先輩はまたおにぎりを口に含んだ。……よく食べるな
「あ、俺ここでわかれます」
いつもとは少しはやめの場所で俺は自転車と歩みを止めた。先輩は
「ん? どこかいくの?」
といぶかしんだが、俺がバイトがあると言うと「そう、じゃぁ気をつけてね」とだけ言ってさっさと歩いていってしまった。
俺も特に言うべき言葉が見つからないので自転車をまたぐとペダルを踏んだ。俺の家は遠い。早めに帰らないと帰宅するのは夜中になってしまう。
「あ、そうだ。前から聞こうと思ってたんだけどさ」
突然の声にペダルを踏み損ねる。いてっとこけかけてしまった。
眉根を寄せて振り返ると、先輩が振り返っていた。少しだけ笑って。
「想クンに必要なものってあるの?」
「……は?」
「想クンが想クンであるために必要なもの」
「……なんスかそれ」
先輩はピと人差し指を立てると、それを胸……心臓の上に置いた。
「ここの話」
「ここって……」
「想クンが感じてること」
俺は一瞬動きを止めた。ギュコっと心臓が高鳴る。
「なんスかそれ」
「考えてもしょうがないかもね。だって、私達違うんだもん。想クン、私にはわからないな。想クンが想クンであるためのものって、何?」
俺はしばらくどう答えるべきか悩んだが、口を開いて出た言葉は、やはり安直なものでしかなかった。
「……わかりません」
「うそだね」
クスと先輩は笑った。指を口元において、いつもとは違う後ろめたさを感じるような、そんな笑い。
「そんなわけないもの。私達、違うけど人間でしょ? だったらあるはず。想クンが想クンであるための物」
「そんなの、ありませんよ」
「そうやって隠すの、好きなの?」
俺は乗っていた自転車から降りた。サドルを立てて、自転車から手を離すと一歩前に出た。
対峙する。
「何がわかるんですか?」
「空ちゃんがなんでいつも怒ってるのか教えてあげようか?」
「何がわかるんですか……!」
「怖いの。想クンが自分の事隠してばっかりの卑怯者だから、想クンが何を考えてるかわからない。想クンが自分のことを好きなのかもわからない。何を考えてて、どうしてそうするのか、そういうこと全部隠すから、怖くてたまらない」
「何が……!」
「条君が昔、同級生の部活の友達と口も利かなくなった。想クンはどう感じたかな? すべてを捨てるっていうことに、想クンは何を思ったの?」
「…………」
「それも怖かったんじゃない? すべてを投げ打ってでも目的を達成する。必死になってはいつくばって、それでも最後には負けてしまった条君。それを見て、怖かったんでしょう? だって条君、あの時誰も味方がいなかったんだもの。想クンはそれが怖い。近くにいる誰かが、自分の考えや思想、信念によって変わってしまう。自分を嫌いになってしまう。そういうのが怖い。だから、変えない。周りの人間を変えるんじゃない。自分を周りに合わせて変えてしまう。そうでしょう?」
「……なんですかそれ。知ったような口利かないで下さいよ」
「想クン」
風香先輩は笑うのをやめた。持っていたカバンを地面に捨てて、つかつかと俺の前まで歩いてくる。
「お祭り、クーちゃんと行きなよ。それで、いっぱい話してきなよ。自分のこと、部活のこと、嫌なこと、悲しいこと、つらいこと、いつも私にしてくれるようにさ」
「……先輩にだって、全部は話してないですよ」
先輩は俺の目前まで来た。女のクセに背の高い先輩は、ほとんど俺と背が同じだ。ホントに鼻と鼻が触れ合う距離。無表情に、俺を見つめる。
「それでもいいよ。私も、話してないことばっかり。でもさ……」
突然先輩の姿が消えた。あれ? と一瞬探そうとしたところで、軽い衝撃が俺の体に当たった。ふわっと香る、甘いような、石鹸のような心地よい香り。
「私はこれで我慢してあげる。行ってらっしゃい、想クン」
先輩は俺に抱きついていた。
両手はしっかりと俺の背中で合わせられ、ギュッと力をこめられる。顔に触れる糸のような髪に気がついて横を見ると、そこには先輩の顔があった。空に負けず劣らず綺麗に白い肌。やわらかそうな肌は、実際頬ずりされるとすごくふわふわとしたさわり心地だった。
「がんばってね」
呟く。
俺は何をするでもなく、ただこめられる腕の力にまかせて考えていた。
ずっと、考えていた。
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